MENU

Novel

小説

SFH人類の継続的繁栄 第2章『旅路の眠り』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

巣立ちの準備

 荒廃した地球のシェルター基地で、宇宙船の開発は順調に進んでいた。活性物質を燃料にした遠距離航行用エンジンも開発された。
小惑星の衝突から100年が経過した頃、小惑星の衝突により地球のあちこちに歪が溜まり、巨大地震が頻発していた。衝突時基地で働いていた1万5千人は、既に全員が亡くなっていた。佐藤氏をはじめ、最初の100名のコピー基になった人々も脳以外は加齢により老人になっていた。
 最初に誕生した、遺伝操作により脳細胞が劣化しない100人の脳は、スキャナー・プレート技術により次々と複製され、総員1000名となり、主に宇宙船の製造に従事していた。
 宇宙船建造の現在の目的は、巨大地震や小惑星の衝突の恐れのある地球から、この太陽系外の安定した天体への移住目的であり、高速で長距離航行可能な性能が必要である。
 たとえ高性能望遠鏡を作ったとしても、まだ小惑星衝突による灰により十分に視界が開けていない現状では、移住先の天体を探す事は不可能である。基地に備え付けられている巨大なコンピュータに収納されている天体情報を基に行く先を決めることにして、関係者による議論が始まった。

「有力な惑星のある恒星は近いものでも100光年は離れている。そこまで行くには500年はかかるだろう」
「たとえ視界が開け高性能望遠鏡で観察しても、定住できる環境かどうか行ってみなければわからないだろう」
「我々に必要なエネルギーは電気だけだ。電気は恒星の光からも得られるし質量電池から得ることができる。食料や水や酸素は関係ない。選択範囲は広い。重力だけわかれば良いのでは。重力が強すぎれば体を動かすのに大きなエネルギーが必要だ。場合によっては体を作り変えなければならない。重力が弱すぎれば歩きにくい。適正の範囲の重力が必要だ。無論温度も重要だが、温度は恒星からの距離がわかればおおよその見当がつく」
「気体の有無も問題だ。気圧が高すぎても真空でも現状の脳器では問題がある。もっと気密性を高くしなければならない。真空なら対策は簡単だ。気圧の差は1気圧なので簡単に対策できる」
「真空だと隕石の問題がある。気体があると気象の問題がある。適正な密度の気体があれば最高だが」
「行ってみないとわからない。最悪の場合は別の星を探すことになる。その場合は更に150年はかかるだろう。700年間宇宙船で暮らす覚悟が必要だ。それには浄化臓器の改良が必要だ」
「大半は冬眠状態で過ごす必要がある。冬眠状態なら浄化はあまり重要ではない。小型の低温浄化装置を人数分作り、その中に脳器を収納すれば良い。 無論自我は持たせてはならないが、制御回路を改良して知的にした人体だけに働かせれば良いのでは」
「それでは制御回路を大幅に知的にして、我々が脳器の状態で冬眠している間は、人体だけで働けるようにしよう。知的にした制御回路は体脳と呼ぶ事にしよう」

衝突から190年

 宇宙船は大幅に改良され、更に高性能な2号船の建造も始まった。人体に体脳が取り付けられ、人体のみで高度な仕事をこなす実験も行われた。低温浄化装置も出来上がった。その他、長期間の航行に必要な各種装置や機材も製造され、小惑星の衝突から190年が経過した。
外部監視カメラの映像から空はすっかり晴れ渡っていた。
シェルターの扉が190年ぶりに開かれた。空は澄み渡っていた。
宇宙船のテスト航行も兼ね、高性能望遠鏡が高地に運ばれ設置される。そして、それから2ヶ月かけて行く先の惑星を丹念に観測した。有力な移住先がいくつか見つかったが、あまり詳細なデータは得られなかった。大気の濃い地球での観測には限界がある。
そこで、宇宙船で月に望遠鏡を運び、1年かけて行く先の天体を詳細に観測した。その1年の観測中、宇宙船は太陽系の中で本格的なテスト航行を行った。
 長い航行中に快適に冬眠できるように、低温浄化装置にも脳との信号のやり取りを行うための、電脳と呼ぶ知的回路が取り付けられた。楽しい夢を見るように電脳用のソフトも多数作成された。
 2号船も完成した。2号船は大きすぎて従来の発着基地は使用できず、シェルターの端の場所に大きな扉を取り付け、2号船専用の発着基地を建造した。
 2号船には150人が乗船し、電脳付きの低温浄化装置も持ち込まれ、2年間のテスト航行を行った。
 目的となる惑星の候補地も2箇所に絞り込まれた。1号船、2号船のテスト航行も完了し、望遠鏡もシェルターに戻された。
旅立ちの日も決まった。100光年以上離れた別の太陽系への移住者は200人に決まり、残りの800人はこの基地にとどまることになった。
 1号船には50人、2号船には150人が乗り込み、沢山の機材も積み込んだ。800人に見送られ2隻の宇宙船は150光年先の第1候補地に向けて出航した。
残った800人は、人類を150光年先の別天地に送り出す大事業を成し遂げた大きな達成感を得た後、多くの人は脱力感に襲われた。
脱力感の中で今後の方針についての会議が行われた。

「ついに我々は人類を別天地に送り出すことに成功した。地球に何かが起こりたとえ我々が絶滅しても、人類の継続的繁栄は別天地で継続されることになった。残った我々は今後何を行うべきか」
「大事業を達成したのだ、しばらく休息し、その後に考えよう」
「宇宙船では間もなく全員が脳器を低温浄化装置にセットして、楽しい夢を見ながら冬眠に入る。低温浄化装置は残ってないが電脳のチップなら山ほどある。脳器に好みのソフトを入れた電脳チップを取り付ければ、我々も楽しい夢を見ることができる。タイマーを2ヶ月後にセットし楽しい夢でも見ようじゃないか。後のことは起きてからでいいだろう」 

 全員が休息を採ることに同意し、順番に脳器に電脳を取り付け、タイマーを2ヵ月後にセットして休息に入った。
2ヵ月後、全員がタイマーにより目覚めたが、皆タイマーをリセットし再び休息に入ってしまった。

出航

 地球の引力圏を脱した後、一旦エンジンを止め惰性航行し、予定通り2番船の後部と1番船の前部を長い強力なワイヤで結び、2隻とも再びエンジンを全開にした。2番船のほうが断然に性能が良い。2番船を先頭にして第1目的地に向かって全速航行が始まった。
 全速航行といっても始めのうちは非常に速度が遅い。ただし数百年も加速し続ければ光速に近い速度に達する。
 十分に知的な体脳を備えた人体により、脳器が頭部からはずされ低温浄化装置に納められ、長い冬眠に入った。人が冬眠に入った後、体脳を備えた脳器のない人体はそれぞれに与えられた業務を忠実に実行した。

 出航から220年が経過し、第1目的地との中間地点に到達した。速度は光速の90%に達していた。最も慎重さを要する作業だが、人体だけにより減速作業が行われた。緊張を強いられる作業は人が行うとミスを犯すことがあるが、自我のない知的な人体が行うほうが安全である。
2隻の宇宙船はロープでつながれたまま180度回転した。1番船、2番船ともエンジンの噴出口の有る底部を進行方向に向け、1番船が先頭になり、進行方向に高速粒子を噴射しながら減速を続けた。 

 減速に入ってから210年が経過した。宇宙船は目的の第5太陽系に近づいてきた。
大事故を知らせる大音量のアラームが鳴り響いた。全人体が低温浄化装置から自己の脳器を取りだし自体の頭にセットした。全員が夢から起こされ、自分の人体に戻された。
最初は脳の温度が低いため、頭がぼーっとして何が起こったのか認識できなかった。人体は盛んに動き回り、脳の温度を上昇させ、やっと事態を認識できるようになった。
エンジンを進行方向に向け先頭を航行する1番船のエンジンの1基に、微小天体が衝突し、エンジンが停止してしまっていた。このままではバランスが崩れ、宇宙船同士が衝突する大事故につながる恐れがある。
1番船、2番船の全エンジンを停止し、惰性航行に入り、ロープを巻き取り、2番船の底部に1番船の前部が接触するようにして2隻の宇宙船はドッキングした。1番船のハッチが開かれ、搭載していた機材の内、重要な機材が2番船に移された。48人が2つの脳器を携え2番船に乗り移った。
2番船の底部からロープが切り離されると、2番船の全エンジンが点火された。1番船から2番船が離れると、両船間の距離が広がっていく。1番船に残った2つの人体により1基のエンジンが点火され、航路から外れて行った。
2つの脳器はすぐに低温浄化装置に収納され、198人全員で懸命に2番船の操作を行った。
 事故によりしばらく惰性航行を行っていた事と、1番船に搭載していた機材や人員が2番船に移り2番船の重量が増加した事により、目的の惑星に到達するまでに十分な減速ができずに惑星を通り越す恐れがある。緻密に計算したところ、やはりエンジンを全開しても十分な減速ができないことが判明した。

小説一覧

© Ichigaya Hiroshi.com

Back to