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SFH人類の継続的繁栄 第9章『スーパートレーナー』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

スポーツジムから始まるビジネスチャンス

 スポーツジムに通い、レジャーとしてスポーツを行う場合、そのスポーツにのめりこむ一部の人を除いては自分専用の人体を所有せず、ジムの人体を借りて使用する。そのため直前にその人体を使用した人の動きにくせがある場合、借りた人体にそのくせが残っていて、体が思うように動かないことがある。
 スポーツジムに度々通う、ある優秀な技術者も同じような経験をして、スポーツジムの担当者に苦情を言った。店長が苦情の対応を行い、技術者に対し「尤もな話で同じような苦情が度々あります。どのジムでも問題になっているようです。人体製造会社に相談すると、『技術的には簡単に対応可能だが、体脳の基本仕様は共通で、基本仕様の変更は法律で禁止されている』との事です。専用の人体を購入するしかありません」と答えた。
 その技術者はこの問題の解決方法を考えてみた。法律はさておき、先ずは体脳を変更する場合について考えてみた。

「体を動かす時の各人の特徴は多数のパラメーターとしてメモリーに入っている。このパラメーターがトレーニングにより変化する。このパラメーターが入っているメモリー領域を100人分作れば、100人が同じ人体を使用しても自分のパラメーター領域を指定することにより、前回使用したときと同じ状態になり、トレーニングを重ねるごとにスキルがあがる」

次に法的に問題がない、体脳を変更しない場合で考えた。
体脳には多数のパラメーターが入ったメモリー領域は1人分しかない。トレーニングが終わった後に外部からパラメーターを読み出して外部メモリーに保存して、次に人体を使うときそのパラメーターを体脳に移しかえれば良い。トレーニングが終われば人体から脳器を外す。脳器を外せば体脳に接続した多数の電極がある。その電極を介してパラメーターを読み出したり書き込んだりできるはずだということに気が付いた。
 早速、中古の人体を1体購入し、パラメーターの読み出しや書き込みの実験を行い、千人分のパラメーターを保存できる容量の、体脳と通信可能な装置を試作した。翌日ジムに行き店長に話し、店長に手伝ってもらい自ら実験した。
問題だったのは、脳器の頭への出し入れは人体だけでできるが、装置の端子を人体の電極に接続するのは人体だけで行なう事はできず他人の手が必要なことだった。 この事を店長に話すと「返ってそのほうが良い。店のサービスになり、お客とのコミュニケーションも良くなる」との事だった。
 店長に操作方法を教えて1週間貸し出した。毎日のように通う客からは「トレーニングの成果が1日ごとに上がり大満足だ」との事だった。 細かな点を改良して翌週も貸し出し、早速特許を出願した。翌週にジムを訪ねたところ、店長は興奮してこの装置の評判の良さを話しまくった。
 店長と技術者は事業化について話しあった。店長が資金を出し、技術者が社長、店長が副社長として、社名を「トレーナー」とした製造販売会社を設立し、商品名を「スーパートレーナー」として販売した。
 この商品の良さが口コミで広がり、ほとんどのスポーツジムが導入した。導入しなかったジムはしばらくしてみな倒産した。他のスポーツ施設へも広がり、会社は急成長した。

拡がっていく「スーパートレーナー」効果

 スポーツジム業界で密かに「スーパートレーナー」がブームになっているころ、企業社会では人体において、さまざまな問題が噴出していた。
たとえば、従業員が20人ほどの業績不振に悩まされている中小企業。この会社の経営状態はお世辞にもいいとはいえず、人体は社長の分も含め21体しかなかった。人体は全て中古品で、中にはかなり痛んでいる物もあった。暗黙のルールで従業員は皆、毎日同じ人体を使っていた。1人の社員が1週間出張した。出張から戻っていつもの人体を使用すると、体の動きがおかしかった。その特徴ある動きから、出張中に誰が使用していたのかすぐにわかった。
また、他人が使った人体は違和感があり、仕事の効率に影響があるのも明らかだった。こうして業績は伸びず、経営悪化で新たな人体に投資できないという負のスパイラルが生じていた。
 次に、従業員が100人ほどの精密加工会社での出来事である。この会社は経営状態が良く、人体も新品を購入し、少しでも痛んだところがあるとすぐに適切な修理が行われ、常に新品同様の状態になっていた。どの人体も新品同然なので、一般の会社ならどの人体を使用しても問題なかったが、精密加工を行うため、特に手のくせは重要な問題であり、その為、各人が使用する人体を決めていた。
 極まれにだが超精密加工の依頼がある。そのため超精密加工専用の小型の人体が1体あり、ベテラン職人1人だけが、たまにくる超精密加工の仕事にその人体を使用していた。
 ある日、大事な顧客からの緊急の仕事の依頼が入った。超精密加工ではないが狭い空間での作業が必要なため普通サイズの人体では仕事を行うことが不可能だった。社長からすぐに行うように命令され、仕方なく超精密加工専用の小型の人体を使用した。
 数週間後、超精密重要部品の追加工の依頼がきた。当然ベテラン職人が超精密加工専用の人体に乗り換えて行なった。しかし、いつものような微妙な加工ができず、その部品に傷をつけてしまった。会社にとって大損害であった。

 このようなトラブルは色々な職場で起こり、〔使用する人体に関係なく体の特徴ある動きを体脳のパラメーターにセットできるスーパートレーナー〕は多くの会社が導入した。
ちなみに従業員が20名の中古品の人体を使用している先程の会社では導入しなかった。導入の必要性もあまりなく導入する余裕もなかった。
 スーパートレーナーにより、たとえプロサッカーでも自分専用の人体を所有する必要がなくなり、一部チームでは競技用人体を共同使用することも検討されたが、実験を繰り返した結果やはり無理があった。全く同じ仕様の人体とはいえ、1体毎にわずかの違いがあり、高度な技術を必要とするプロサッカーには向いていなかった。

 このスーパートレーナーは、ある電脳製造会社でも話題になった。

「トレーナー社は急成長している。目の付け所が良い。当社もヒット商品を考えなければ」
「電脳には自我や意識を持たせないための厳重な規制があるが、それを除けば特に規制がない。良いアイデアがあればヒット商品が作れる」
「脳の本質部分は自我等の規制のためにあまり改良するのは難しい。本質でない部分の勝負だ」
「楽しい夢を見ながらの安眠する機能は大変評判が良い。ただし夢のプログラムは10作品しか入っていない。もっと色々な魅力的な作品があれば良いのだが。しかし作品ができても今の電脳には直接作品を入れ替える事はできない」
「スーパートレーナーと同様に電極から体脳を制御して新しい作品を体脳に移し、体脳から電脳に新作品を移す事ができるかもしれない」

 検討の結果、可能なことがわかり「スーパードリーム」という商品名で販売した。作品も次々と作成され、新作品発表日には販売店に長い行列ができた。次第に作品は過激になり、過激な作品の依存症患者が急増した。依存症が進行するとタイマーで起こされてもすぐにタイマーを切りまた夢の中に入ってしまう。
 この問題を期に新作品は厳重に審査する制度が法制化され、「スーパードリーム」の人気は急落した。

 電脳の機能には、スケジュール管理機能や重要数値記録機能が最初から設けられていた。この実用的な機能の良さがわかりだし、皆大いに使用するようになった。特に暗証番号などの記憶には大いに利用された。
 しかしスケジュール管理機能については人により意見がわかれた。何しろ頭の中に超優秀な秘書がいるようなもので、やるべきことが次々と頭に浮かび、やり忘れる事はない。しかし大半の人はこの機能をあまり好まず、一部の重要なスケジュール管理のみにしか使わなかった。

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