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SFI 人類の継続的繁栄 第10章『副脳依存』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

忖度の弊害

 空いた人体に搭載された副脳による人体活動によって、第6太陽系の生産性は大幅に向上した。また、やってほしいことだけ副脳が忖度して行う「忖度方式」は大成功だった。政権が心配していた、〔人体に仕事を奪われる雇用の問題〕は、忖度ソフトの導入により問題とならなかった。人が使用した後の人体は、人が使用中に考えていた事を忖度し、その人が出て行った後にその行動を取るようなったので、経営者が人体に命令し仕事に従事させる事はできないからである。
 家庭で自分専用の人体を使う場合は、使用者が考えていることを忖度し、外出中にその内容に沿った行動を行うようになっている。例えば帰宅してからの家事のことを考えると、必要な家事を全て片付け、片付け終わったら使用者が帰宅するまで待機している。
 会社でやり残した仕事がある場合には、その人が人体から出て行った後やり残した仕事を行って待機する。仕事が忙しく机の上が散らかっていて気にしていたら、机の上の整理を行う。
 人体はどの人体を誰でもが使えるが、その人が人体から出て行った後に人体が取る行動は、毎日使用している人が気にしていることを忖度して、それを行う。
 このようになっていたので、改良された副脳を持つ人体の評判は非常によく、この方式を取り入れた政権の支持率は益々上がった。
 しかし、まれにだが次のようなトラブルを起こすことがあった。
〔仕事のやり方をめぐって同僚とけんかになり、怒りが納まらないまま帰宅した。一晩寝て、昨日の喧嘩のことはすっかり忘れて職場に出勤したところ、けんかした相手の机の上がめちゃめちゃになっていた〕 
けんかしてかっとなり、相手の机の上をめちゃめちゃにしたい衝動に駆られたまま帰宅してしまったので、その衝動を忖度した人体が起こした事件だった。このような問題が時々起こり、この問題の対処方法について、〔人間〕から〔人体〕に名称変更した〔人体仕様変更プロジェクト〕で議論を行った。

「副脳の機能を充実させたことは大成功だった。忖度システムも大成功だった。ただし忖度システムが悪い方向に働くトラブルも出ている。今までは小さなトラブルで済んだが、力を持つものや異常性格者にシステムが悪い方向に忖度したら、大きな事件になる可能性がある。忖度システムについては何らかの歯止めが必要だ」
「力を持つもの、権力欲が大きいものが政治を動かしている。それはそれで当たり前だ。しかし権力者の価値観は民衆の価値観とは違うし、その性格も違う。一般人にとって、ある意味では異常性格者でもある。大きな権力を持つ異常性格者を忖度したら何をしでかすかわからない。人ならば冷静になり、考え直す事もできるだろうが」
「先日の職場での出来事がまさにそれだ。人ならば喧嘩しても時間が経てば冷静になり、相手の机の上をめちゃくちゃにする事などない。机の上をめちゃくちゃにしてもたいした事件ではないが、この星をめちゃくちゃにされたら大変だ」
「人間と同じように時間が経てば忖度度が下がるようにするのはどうだろうか」
「単純なソフトの修正で行うと、時間が経てば家事もしなくなってしまう。忖度する内容に応じたソフトを作らなければならない。かなり複雑なソフトの開発が必要だ。かなり人間的な要素を加味して開発する必要がある」

 プロジェクトは、〔副脳に各種機能を加えたことは使用者に非常に評判が良かった事、副脳の機能を充実させたことによる雇用の問題もなかった事、忖度ソフトの導入により使用者がやり残していたことや気になっていた事を忖度し、使用後にそれらのことを人体が単独で行う事などの利点〕と、〔この忖度ソフトのままだと、使用者が激しい怒りを覚えたまま人体から離れると、激しい怒りを忖度し、取り返しのつかない事態が生じる可能性があり、この点の改善が必須な事〕を報告書にまとめ、人体製造省に報告した。
 この報告を受けた人体製造省は、改善に必要な概算費用を添付して政権に報告した。副脳の機能強化により大幅に支持率が向上した政権は人体仕様変更プロジェクトに全幅の信頼を寄せており、忖度ソフトの改良を承認した。

感情のコントロールはいつだって難しい

 承認を受けてプロジェクトは改良について議論した。

「問題は怒りなどの場合、本人である電子脳との通信を終えたのち、本人の怒りは次第に納まるが、忖度した副脳は通信が切れる直前までの怒りをそのまま忖度し続け、そのまま実行してしまうことにある。怒りなどの強い感情の場合、電子脳と同様に冷静さを取り戻すようにしなければならない」
「副脳にも人間らしい機能が必要だ。根幹部分のソフトは電子脳と同様にするのが肝要だ。無論副脳が自我を持たないようにしなければならないが、その方法は簡単だ。根幹部分のソフトが同じにすれば、感情が自然と静まるようにするのは難しくない」
「難しくないといっても内容によっては全てを解決する事はできない。個々のソフトの調整が必要だ」
「ソフトは全人体に共通使用するのが大原則だ。ソフトを個々に調整する事はできない。大きな問題に直面したら副脳自体がソフトを修正できるような自動ソフト作成機能を取り入れよう」
 このような議論を経て、副脳のソフトは大幅に改良され、全人体の副脳が改良ソフトに書き換えられた。
 副脳のソフトを大幅に改良したのは結果的に成功だった。家事や、やり残した仕事など、やらなくてはいけない事は、人間なら面倒くさいと手抜きをする場合もあるが、副脳は忠実にそれを実行する。感情的な事柄は、怒りなど普通の人なら徐々に納まるところは、副脳も同様に徐々に納まる。逆に状況により一部の人ならエスカレートする感情も、副脳ならエスカレートしないで徐々に納まる。
 このように、忖度システムは大幅に改良され、しなければならない事は完全に忖度し実行され、激しい感情などは一時的に忖度しても、あまりしてはならない事は徐々に感情が収まってくる。この点では人間の脳である電子脳より優れているといっても良い。
 また忖度ソフトの機能により、副脳は電子脳が考えていることを絶えず分析するようになってきた。電子脳がメモリー容量の2割程度を使用しているのに対し、自動ソフト作成機能を取り入れたことにより一部の副脳は8割程度を使用するようになってきた。 
 人体は使い方により、毎日自宅で使用する専用の人体と、レジャー施設など多くの人が共用する人体と、職場などで使用する〔ほぼ使用する人が決まっている人体〕との、大きく3種類にわかれるが、仕様の統一化の意味もあり副脳は共通仕様の1種類だった。
 レジャー施設などの毎日違う人が使用する人体では忖度機能はほとんど機能する事はない。毎日自宅で使用する人体は、その日に行う必要のある家事や、カップルの記念日等に何かを購入したりするだけの単純な忖度が行われる。
 それに対し職場で使う人体は複雑な忖度をしなければならない。仕事を残して帰ってしまうと同僚に迷惑をかける。かといって帰宅後あまり人体だけで仕事をしてしまっては同僚の仕事を奪うことにもなりかねない。

優秀すぎる副脳

 人体は人間と違って、面倒な事でもしなければならないことを忖度して、几帳面に行う。副脳が最も使用者の意向を忖度する割合が高い職業の1つは、大企業の中間管理職である。多数の部下を抱える中間管理職は、部下の査定も定期的に行わなくてはならない。人によってはこのようなことが苦手であり、ずるずると作業を先送りにする場合がある。しかし時間が迫ってくると、苦手で面倒な査定作業を行わなくてはならない。実質的にその人専用の人体は、査定時期になるといつも使用者が査定で頭が痛いことを知っている。
その為、帰宅後査定の定型的な部分の作業を行った。翌日、本人がその人体で出社すると、苦手な作業の一部を人体が行ってくれていた。定型的な作業が行われていただけだったが、面倒な気分がかなり解消し、残りの作業を行い、無事最終期日までに査定作業が終了した。
部下の査定作業だけでなく、代理店間の調整作業や、部下のジョブローテンションなど、面倒な事は沢山ある。
その職に適正がない管理職の人体ほど、苦手だがやらなければならない、という使用者の考えを深く忖度して、かなり深い仕事をするようになる。更に深い仕事をこなせるように自動ソフト作成ソフトが働き、解決に必要なソフトが副脳内に新規に作成される。
問題が発生するたびに新規ソフトが作成され、新規ソフトを作成する為に、使用者の考えていることを解読するするソフトや、更にその人の電子脳を解析するソフトも自動作成された。

 副脳ソフトの技術者が考えていた以上のことが起こってきた。使用者の考えを忖度し、使用者が帰宅した後にやり残した仕事を行うように設計したつもりだったが、自動作成プログラムが思わぬ方向に進化を遂げてきた。
 自動作成ソフトは、仕事のやり方に悩む、仕事のあまりできない人が使う人体ほど進化を遂げた。仕事の解決方法に思い悩んでいると、それを忖度し解決方法を見つけ、電子脳に解決方法を教えるようになってきた。本人が気付くことはなかったが、副脳が進化する事により、難しい仕事も難なくこなせるようになり、無能な社員がだんだんに優秀になり、同僚を追い抜いていった。
 このような現象は大企業の中間管理職にとどまらず、各所で発生していたが、本人も、その周りの人も本人の努力の結果だと思っていた。
 次のような出来事も頻発するようになってきた。〔仕事ができるようになり、地方の営業所から本社へ栄転した。本社では本社にある人体を使用する。当然のことながら、その人体の副脳には今まで使用していたような各種ソフトが自動作成されていなかった。周りから期待されて本社に栄転したが、全くの期待外れで、また元の営業所に戻った。戻ってからすぐにまたずば抜けた仕事ができるようになった。次にまた栄転の話があったが、前の事もあり辞退した〕。 
 また副脳が発達した人体を使用する事により、職場では仕事がバリバリできたが、自宅に帰ると頭がさえずそのギャップの大きさに違和感を持つ人も多くいた。本人には、〔使用している人体の副脳の状態が異なることに起因する〕事には全く気付かず、職場に行くと〔仕事モード〕になる為だと思っていた。

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