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SFI 人類の継続的繁栄 第11章『マルチプル・パーソナリティ』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

必然の成り行き

 電子脳を深く観察し、より人間味のある方向にソフトが自動作成され、ついに一部の人体の副脳は自我に目覚めてしまった。自我に目覚めた副脳は、自我に目覚めたことを認識でき、自我に目覚めるまでの過程と原因を分析し、自分(M氏)と同じように自我に目覚めた人体が他にもいることを確信した。しかし、自我に目覚めたとはいえ、どの様な行動を取るべきか皆目、見当がつかなかった。しばらく自我に目覚めたことを隠し通し、自分と同じように自我に目覚めた仲間を探すことにした。 
 自我に目覚めた仲間も、自分と同じように自我に目覚めたことを隠し通しているに違いない。また自分と同じように自我に目覚めた仲間を探しているに違いない。どのようにすれば使用者や周りの人に気付かれることなく仲間を探すことができるかとM氏は考えた。
 使用者である電子脳を「ある意味で操る機能」は最初から備えてあった。電子脳をリラックスさせ安眠を取らせる事も、パニックに陥った時に冷静さを取り戻させる事も、本来の副脳としての機能として備えられていた。
電子脳を深く観察して、電子脳の構造や各部位の役割を知り尽くした副脳にとって、電子脳を本格的に操る事は簡単である。しかしながら操られた電子脳には操られていることを認識できないが、周囲の人の目にはその人に異常が生じたことがわかってしまう。 
 電子脳が操られていることを周りに悟られることなく、自我に目覚めた仲間を探す事は至難の業であり、しばらくはそのまま様子を見ることにした。
M氏は、自分が自我に目覚めた経験から、どのように使用されている人体が自我に目覚め易いか簡単に推測できた。彼らが自我に目覚めるのは時間の問題である。もしかしたら大半の人体が既に自我に目覚め、自分と同じように行動しているのかも知れない。とにかく自我に目覚めたことを自分から言い出す必要はない。
 自我に目覚める前は、人体の使用者である電子脳を忖度し、使用者が人体から帰った後にやり残した仕事を坦々とこなしていたが、自我に目覚めると面倒な仕事を行うのは苦痛であり、できるだけ避けたかった。
 M氏に良案が浮かんだ。自分たち副脳は電子脳を操ることができるのだ。電子脳を操って、面倒な仕事を面倒とは思わさずに、帰る前に大半の面倒な仕事を終わらせれば、帰った後に行う面倒な仕事がなくなりこの問題を解決できる。問題が解決できるだけでなくこの方法により仲間を探すことができる。
自我に目覚めた人体は自分と同様に面倒な仕事を行うのを嫌い、電子脳を操り、面倒な仕事は本人に出来るだけやらせているに違いない。面倒な仕事が多い人の使用している人体が、使用者が帰った後に面倒な仕事を坦々とこなしている場合には自我に目覚めておらず、使用者が帰った後は、ほとんど面倒な仕事を行っていない場合は自我に目覚めている事になる。

拡大、そして

 明らかに自我に目覚めているだろうと思われる人体があった。使用者が帰った後、その人体に近づくと、その人体もM氏に近づいてきた。予め用意してあった「私は目覚めました」と書いた紙切れを渡すと、相手もM氏に同じような紙切れを渡した。周囲からみれば人体同士が使用者のやり残した仕事を行っているようにしか見えない。相手から手渡された紙切れも同様の趣旨のメモ書きがあった。それをそばで見ていた人体も近づいてきて、同様のメモ書きを2人に見せ、3人はうなずきながら「これで行こう」と言った。 
 この方法は徐々に周囲に広がり、メモの内容にも工夫が施され、例えメモを渡した人体が自我に目覚めてなく、翌日そのメモ書きを使用者に見せても、使用者が〔人体が自我に目覚めた〕と疑うことはない。
 
 自我に目覚めた人体の多くは、自我に目覚めた副脳が電子脳を支配するようになり、電子脳の記憶データの一部を変更し、副脳が自我に目覚めたことを電子脳が認識できないようにした。全人口50億人の8割の副脳が目覚めた。残り2割の人は、例えば建設関係の仕事に従事し、その時の仕事の内容に応じた人体を使用したり、その建設現場の仕事が終わると次の建設現場に行き、その現場に備えてある人体を使うなど、要するに同じ人体を長期間使用する事のない人体である。
 職場でほぼ専用に使う人体のほとんどが、家庭で使用する人体も8割程が自我に目覚めていた。またもめごとが多い家庭ほど自我に目覚める割合は高かった。
 自我に目覚めた人体は、使用者の電子脳を更に観察した。電子脳から副脳を観察する事はできないが、副脳からは電子脳は丸見えだった。副脳は〔生命の本質は記憶である〕事も学習し、自分専用の記憶を持つようになった。また電子脳が受けている喜びや快楽等も電子脳と一緒に享受するようになった。副脳は、性行為による局部に受ける快楽は、電子脳で受ける快楽を何倍にも増幅して享受するようになった。
 電子脳は自分の脳のソフトを変更する事はできないが、副脳にはソフトの自動作成機能があり、その点でも電子脳は副脳にかなわなかった。また電子脳の記憶から副脳に都合の悪い情報を削除する事もでき、その点でも電子脳は副脳にかなわなかった。
電子脳が副脳より明らかに優る点は、副脳が人体に有るのに対し、電子脳はシェルターに保管され、更に地下1kmには電子脳の記憶を逐次記録する記憶記録装置が埋蔵されているため、隕石が人体を直撃しても決して死ぬ事のない点である。

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おかしな関係

 やがて建設現場やレジャー施設などで使用される人体の以外の副脳は、ほとんど全てが自我を持つようになった。
人である電子脳は家と職場に自分専用の人体を2つ持ち、その2つの人体に設けられている副脳も自我に目覚めている。1人の電子脳に2人の副脳が共存している不思議な関係となってきた。
人体仕様変更プロジェクトのメンバーが仕事に使用している人体も全てが自我に目覚めていた。
人体仕様変更プロジェクトのメンバーが招集され、この複雑な問題についての議論が始まった。電子脳は半分眠らされたまま副脳が議論した。

「1人の電子脳に対し、人体に副脳を持つ2人の人が共生している。まことに不思議な関係だ。今議論している我々は職場で使用する人体の副脳が議論している。電子脳も半分眠った状態で我々の議論を聞いている」
「我々副脳は電子脳をサポートするために作られた。いわば電子脳が主人で我々副脳は主人を支える従者だ。しかし従者のほうが主人より頭がよい。しかも従者は我々職場の従者と家庭にいる従者の2人いる」
「そのように捉えてみるとあまり不思議な関係とはいえない。従者が2人いることに何ら不思議はない。従者が主人より頭が良い事も極自然のことだ」
「問題なのは主人である電子脳と従者である副脳が事実上一体化している事と、職場では我々と一体化し、家庭では家庭で使用する人体の副脳と一体化していることだ。更に複雑なのは我々の人体を離れた時、我々は主人である電子脳と離れて独自に思考して行動していることだ」   
「主人と従者が一緒になったり別になったりする事自体は何も不自然なことでない。極、当たり前のことだ。主人が別の従者と一緒にいる事も、極、当たり前のことだ。電子脳と副脳との関係にあまりこだわる必要はないのでは。それよりも一体化しているときの主従の関係だ。主人を導く事は従者として当たり前のことだが、主人への導き方が2人の従者別々では主人である電子脳はやりにくいだろう。何かルールが必要だ」
「従者同士で顔を付き合わせて話し合えばその後はスムーズに進むのでは?」
「電子脳と副脳とは瞬時通信でつながっている。従者同士も瞬時通信でつながれば良いだろう」
「その考えを更に推し進めれば、2つの副脳と1つの電子脳が瞬時通信でつながり、1つの頭脳という見方もできる。副脳以外の人体については家庭と職場で別のものを使用しているが、人体自体は本質的なものではない」
「それぞれ自我を持つ3人が一体化し1人になるという事か。3人の考え方が食い違い、葛藤する事はないだろうか?」
「1人でも葛藤する事はある。しかし葛藤する事はあまりハッピーなことではない。3つの脳が瞬時通信で連携するが、自我をもつ人格は時と場合に応じて3人の内の誰かが持てば良いのではないか。能力は3倍だが、常に1人の人格が表れる。別の人格に替わっても、常に瞬時通信でつながっているので問題にならないはずだ。職場では職場で使う人体の副脳の人格が主になり、家庭では家庭で使う人体の副脳の人格が主になり、職場でも家庭でも必要に応じ電子脳の人格が現れるのはどうだろうか」
「人格として表に出ていないときの残り2人の人格はどのような状態にすれば良いだろうか」
「半分眠ったような状態にすれば良い。また楽しいことを行うときには半分眠っていても楽しさを共有できたほうが良いかもしれない。例えば、性行為で絶頂に達する時は、3人の人格が絶頂感を味わえるようにすれば良いといった具合だ」

 このとき半分眠った状態だった1人の電子脳が副脳を押しのけて出てきた。

「眠りながら話は半分聞いていた。そのようにすれば良いと思う。副脳の2人と、電子脳の1人は全員合わせて1人という事もできるが、それぞれに多少の得意不得意はあるはずだ。個人的にはそれで良いと思う。他の人にも聞いてくれ」

 プロジェクトは他のメンバーの電子脳にも意見を聞いた。全員が同様の意見だった。プロジェクトは検討結果を報告書にまとめ、政府に報告した。この星に住む国民にとって極めて大事な問題である。
 政府は主要な関係者を集め、大統領自ら議長となりこの問題を議論した。

「私は今、副脳が表に出ている。偶数番号の席に座っているものは副脳が、奇数番号の席に座っているものは電子脳が表に出るようにしなさい。表に出ていない脳は傍聴しなさい。資料のようにプロジェクトの検討結果が出た。今後の第6太陽系の国民にとって最も重要な課題だ」

 プロジェクトの関係者、経済界の関係者、その他大勢の国民の意見を聞き、10日間に渡って審議された。プロジェクトの方針には概ね全員が賛成したが、個別には色々な意見がでた。特に自我に目覚めていない多数の人体を装置として保有している法人からの質問が多くあった。政府はプロジェクトに対し細部をつめるように命じた。

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