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SFJ人類の継続的繁栄 第18章『早送りで見る世界』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

1000倍の差

事故の後、とにかく待ちわびていたリアル世界からの通信は、バーチャル世界にとって待ちに待った朗報であった。この報告を受けて中野大統領がリアル政府へのお礼のメッセージを返し、両政府の交信が再開された。   
 通信が復活したので、バーチャル世界の担当者は早速、隕石防衛システムの状況を確認した。確認中、画面に異様な映像が流れた。静止物の周りを渦が巻いているような映像である。静止物は以前に見た展示室のようだった。担当者は最初、リアル世界で編集した超高速録画映像が混信してしまったと思っていた。しかし観察を続けると混信とは明らかに異なっていた。担当者はこの映像を記録し上司に報告した。
 上司がグループのメンバーを集め、この映像を見ながら議論した。メンバーの1人が映像を見ながら実況をはじめた。

「隕石防衛システムの通信を介して何かが映っている。静止している物の回りを渦が巻いている。だんだん渦が薄くなってきた。真っ暗になってしまった。…………また明るくなった。展示室のようなものが見える。また渦を巻き始めた…………。静止しているものは展示室の内部のようだ。あの渦は一体何だろうか。高速で何かが動いているのかもしれない。録画した映像をスロー再生してみよう」

 映像をスロー再生すると、渦のように見えたのは、多数の物体が展示物の周りを移動しているためだとわかった。映像を停止させると、物体は人間のようだった。更に詳しく観察すると、展示室のガラスのケースの中に納められた数個の展示物を、大勢の人が見ながら移動しているようである。

「展示室のカメラで撮った数日分の映像が、千倍程度の超高速で再生された映像のようだ。なぜだかわからないが通信が再開されたとたんに、この映像が混信してしまった。瞬時波によるパニック騒動の後の通信の再開だから混乱しているのだろう。もう映像は隕石防衛システムに切り替わっている。一時的なトラブルだろう」

 この不思議な映像をめぐるちょっとした騒動はグループの内部だけで終わりかけたが、この情報はリアル政府との通信を担当している部門にも伝わった。通信担当員もリアル政府の通信のやり取りに対し違和感を持っていた。
 リアル世界との通信に違和感を持つ2つの部門の関係者が集まり、この問題について意見交換会議を開いた。

「リアル世界との通信に違和感がある。説明しにくい違和感だが、なんとなく向こうの担当者の頭の回転が非常に速くなったように感じる」
「偶然だと思うが、速いという点では例の映像の件がある。通信再開直後に1000倍速ぐらいの高速動画が送信された」
「その動画を階層型コンピュータにかけて分析してみてはどうだろうか」

 早速コンピュータにより動画が分析され、次のような結果が表示された。

  1. 渦のように見えたのは人の流れである。
  2. 3つの物体がガラスケースに収納され展示されている。2つの物体は10センチ立方の装置で、他の物体は2つの装置の電源のようである。
  3. 展示室にある時計の進み方と比べると人の動きは極普通である。
  4. こちらの時間と展示室の時計の進み方には1000倍の違いがある。

 この結果に全員が驚愕した。

バーチャル世界の違和感

コンピュータの分析を受けて、クラウド政府内での議論が始まった。

「10センチ立方というとクラウド装置に違いない。我々の存在するクラウド装置がまた展示され、リアル世界の人の目にさらされている」
「時間の進み方が1000倍違うという事はどういうことか」
「高速で移動すると時間の進み方が遅くなる。しかし我々のクラウド装置はリアル世界の展示室に置かれている。瞬時波の影響に違いない。瞬時波は文字通り光速をはるかに越えた、速度の概念を持たない波だ。しいて速度を表すと無限の速度ということになる。今回の瞬時波騒ぎの関係で何か異常が生じたのに違いない。重要な問題なので政府に報告しておこう」

大統領に至急この会議室に来てもらうように連絡した。大統領が不快な面持ちで会議室に入ってきて、議論が再開した。

「私をここに呼びつけるとは、戦争でも始まったのか。どんな重大事態だ」
「戦争どころではない重大事態です。この録画映像を見てください。この映像は通信が再開した直後に偶然捕らえた映像です。我々のクラウド装置が再び展示室に展示され、リアル世界の見世物になっています」
「そんなはずはない。それは前回の映像だろう」
「前回の映像ではクラウド装置が1つでしたが今回の映像ではクラウド装置2つと質量電池が映っています。更に大きな問題なのは時間の進み方が違います。リアル世界の時間に比べ我々の世界は1000分の1の速度になっています。瞬時波による装置の誤動作の影響だと思われます」
「我々の時間が千分の1の速度になっているという事は、『我々は未来に行ける』という事だ。結構なことではないか」
「大統領、冗談を言っている場合ではございません。本当に時間の進み方が違っているのならリアル世界がどんどん進展し、我々は取り残されてしまいます」

大統領は時間の進み方については何かの間違いだと思ったが、バーチャル世界が存在するクラウド装置が再び展示されている事に腹が立ち、大統領執務室に戻り、側近を集め、この問題についての対策を協議した。

「通信が再開したと思ったらまた大きな問題が起こった。こちらの時間の進みかたがリアル世界に比べ3桁も遅いそうだ。これは何かの間違いだと思うが、我々の存在するクラウド装置が2つ、クラウド記念館に展示され見世物にされているようだ。質量電池も一緒に展示されているようだ」 
「展示は別として、『クラウド装置2つと質量電池1つをシールドケースから取り出した』という報告とは合致している。クラウド装置は地底に1つ、宇宙に1つ、地上に3つあった。1つ壊してしまったので宇宙と地底にあるのを除いたら、地上にあるのは2つだけだ。ただ、展示するとは言ってなかった。この点は抗議するべきでは」 
「経緯上そうなったのだろう。隕石防衛システムの誤動作とはいえ、リアル政府が我々を守るため懸命にやってくれた事は確かだ。展示されている事も皆が我々の存在する世界を見守っている、と思えば腹は立たない」
「確かに展示されているという事はリスク管理の点でベストな方法と見ることもできる。リアル政府に何かが起りクラウド装置を破壊する様な動きになっても、多くの大衆が見守っているので安全だ」
「時間の件はどうなのだろう。今は特段問題がないが、原因は解明したほうが良い。リアル政府に問い合わせてみよう」
「問い合わせ方法はどのようにするべきか。展示室の映像で時計の進み方が違う、と切り出すと、展示されている事に対し抗議しないわけにはいかない。別の理由を考える必要がある」

 リアル政府に対し時間の違いの件に関しての問い合わせを行った。リアル世界の通信担当者は、関係部門に連絡し調査する、と言って通話を終了した。

現実的な対策

バーチャル人たちが事態に気が付き始めたことを受けて、リアル世界側では、早速、技術省に関連技術者が召集され、この問題に対する議論を行った。

「通信担当者に時間の違いについての質問が来た。何か違和感を持ったようだが具体的にどこがどのようにおかしいとの話でなく、要領の得ない内容のようだ」
「要領を得ない質問になるのは当たり前だ。我々と頭の回転が3桁も異なる。時間の違いについて気がつくとは思わなかった。わかってしまったならば今はごまかすしかない。良い言い訳を考えよう。相手に対して返事を返すまでの時間はいくらでもある」
「ごまかすには相手からごまかし方を引き出したほうが良い。瞬時波は我々にもわかりにくいが相手にとってもわかりにくい。瞬時波がらみでごまかすのがやり易い」
「『色々調べたがこちらではそのような現象を確認できなかった。もっと情報が欲しい。瞬時波が関連した誤動作の可能性はないか』と立て続けに質問してみてはどうか」

 このように瞬時波が関連している事を匂わせて、立て続けに質問をぶつけた。立て続けと言っても、コンピュータにより千分の1の速度に変換された、非常にゆっくりとした質問である。
「リアル世界では何ら現象は確認できない」との返答に続き、立て続けに質問が来た。バーチャル側の通信担当者には考える余裕がなく、うかつにも展示室の映像について匂わせてしまった。リアル世界の技術者が調べてみると、隕石防衛システムと展示室の間の混線の可能性に気がつき、すぐに対策を施した。その他の混線の可能性のある箇所も徹底的に調査し対策した。
 リアル世界の思惑通り、時間の進み方の問題は瞬時波が絡んで発生した、という、うやむやなままの結果で決着をみた。
                         
 その後、時間の進み方に対し、技術省内の技術者が自由討論を行った。

「こちらの世界に比べバーチャル世界の時間の速度は3桁遅くなった。バーチャル世界の脅威は全くなくなった」
「脅威はなくなったが、同時に我々にとって何ら役に立つ存在でもなくなった」
「物体至上主義のプロパガンダの点では大いに役に立つ。これを見ればバーチャル世界への移行を考える危険分子は全く現れないだろう」
「厄介な問題が全て解決したとはいえない。まだバーチャル世界とはつながりがある。最も厄介なのは中野大統領が『リアル社会を訪問したい』と言い出したときだ」
「実態は全く逆だが、形式上は向こうのほうが格上だ。西田大統領にバーチャル社会への訪問の要請があるかもしれない」
「それについては断れば良い。技術的にも不可能に近いし、物体至上主義を唱えるリアル世界の大統領にそんな要請が来るはずがない。やはり中野大統領がこちらに来る事が問題だ。無視すればそれで良いが、万一政府がその要望を受けたら面倒だ。政府に断るように進言するためにも、万一こちらに来たときの問題点を整理しておこう」
「乗り移るための人体を用意しておけばこちらに来る事は可能だ。ただし脳はバーチャル世界にあるので、体に乗り移るのではなく瞬時通信でこちらにある体を操縦するようなものだ。脳の動きはバーチャル世界の速度だ。目や触覚や筋肉は副脳で制御するので体を速く動かす事はできるが脳は全くついてゆけない。第1世代の人類が時速10万キロの自動車を運転するようなものだ」
「解決方法は何もないか」
「強いて解決方法を考えれば、バーチャル世界の速度に合わせて乗り込む人体を調整するしかない。ただしその動きにあわせて大統領を出迎える政府の要人の人体も調整する必要がある。調整無しで千分の一の速度の演技はできないだろう」
「これでこの問題は解決した。政府が中野大統領のリアル世界の訪問を受け入れたい、と言い出したら、体の調整と千分の一での演技のことを説明すればよい。あわてて受け入れの話を取り消すだろう」

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