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SFJ人類の継続的繁栄 第19章『交流のわかれ』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

3桁の遅れ

 バーチャル世界では時間の問題がうやむやにされ、関連する技術者はスッキリしないまま仕事を行っていた。そこに中野大統領がリアル世界へ訪問する事をリアル政府から拒絶された、とのうわさが入った。訪問の拒絶に合理的な理由はなく、政府も憤慨しているとの事だった。
 時間問題に関連する技術者と通信担当者が集まりこの問題を議論した。
 先ず、中野大統領のリアル世界の訪問についての通信を担当した通信員が口火を切った。

「はじめは訪問を受け入れる方向で話が進んでいたが、急に断ってきた。理由を聞くと、『リアル世界で治安の問題が発生した』ということだった。更に問題の治安の内容を聞くと矢のように大量の理由を説明された。聞き返すと更に大量の説明があり、理解不能に陥った」
「大量に? もう少し具体的に説明してくれ。その通信の記録はあるのか」
「無論その時のやり取りは録音してある。後でゆっくり聞き返すと説得力がある理由が並んでいた。録音は編集して持ってきたので、とにかく聴いてみてくれ」

 通信員の申し出を受けて、その編集したやり取りを全員で聞いてみると、彼の曖昧な説明についても明確になった。

「まさにその通りだ。失礼だが、あなたがあわててよくわからない質問をしているが、向こうの通信員は実に的確で合理的な説明を返している」
「向こうの通信員の説明は全て合理的な説明である。頭の回転も速すぎる。人間業ではない」
「やはり時間の問題が関連しているとしか思えない。我々の時間とリアル世界の時間に違いがあるとしか思えない」
「大統領の訪問をはじめは受け入れる方向で話が進んでいたとの事だが、最初に話に応じたのは政府の役人だろう。役人は事務系で時間の違いが問題だとわからなかったのだろう。その後技術者に確認したら無理だとわかり、急に断ったのだろう。もしこちらのクロックがリアル世界の時間に対し一桁遅かったら、中野大統領がリアル世界を訪問した時どうなるだろう」
「大統領がリアル世界を訪問するためには大統領が乗り込む人体が必要だ。脳はこちらに有るので脳の働く速度は向こうの人体の仕様の一桁下だ。一桁も速い自動車を運転するようなものだ。例え人体を調整して大統領の脳の速度に合わせても、大統領を出迎えるあちらの政府側も『大統領の動きに合わせた一桁遅い演技』をしなければならない。それがわかり、急に断ってきたのだろう。一桁時間の速さが違えば頭の回転も一桁違ってくる。説明員の超説得力のある説明もそのためだろう」
「これで全ての謎が解けた。クロックに違いがある事は確かだ。展示室での映像では3桁違っていた。階層型コンピュータの分析結果でもクロックの違いは3桁だった。3桁の違いが正しいのだろう」

展示室の映像を詳しく解析し、リアル世界の時間の進み方に対しバーチャル世界の時間は3桁遅いことに、皆が確信を持った。

バーチャル世界の選択

「リアル世界に比べ3桁クロックが遅い事がはっきりした。早速、政府に報告しよう」
「報告する前に原因と対策を考えておこう。リアル世界にはクロックがないので、リアル世界の時間の刻みが速くなったとは考えられない。例えリアル世界の時間の刻みが速くなったとしても、リアル世界の中にあるクラウド装置も連動して速くなるはずだ。クラウド装置のクロックが遅くなったとしか考えられない。クロックが遅くなった事は少なくともリアル世界の技術者にはわかっているはずだ。リアル世界の誰かが意図的にクロックを変えたに違いない」
「犯人は技術者グループだけなのか、政府がらみなのか。政府の役人は大統領のリアル世界への訪問を承諾していた。少なくともこの役人は時間の問題を認識していなかったのに違いない。少なくとも政府の主導で行ったとは考えにくい」
「そうとは言えない。役人が文系で、『大統領の訪問は時間の刻み方の問題とは関係ない』と思っていたのかも知れない。もしかしたら政府ぐるみどころか、リアル世界の誰もが知っていることかも知れない。展示室の説明書きにそのことが書いてあるかもしれない」 

 再度展示室の映像を詳しく調べてみた。説明書きは多くの見学者の影に隠れてなかなか確認できなかったが、閉館間際の来館者が少なくなった時、見学者の隙間から一瞬〔3桁〕という文字が確認できた。

「政府がらみどころかリアル世界では誰でも知っている事だとはっきりした。とりあえずこの状態について分析してみよう」

  1. リアル世界に対し、3桁クロックが遅い。時間の流れが遅い。
  2. 消費電力は2桁以上少なくなり、質量電池は5億年は持つと思われる。
  3. 技術や文化の進展がリアル世界に対し3桁遅い。
  4. リアル世界との交流は事実上できない。
  5. 我々との交信はリアル世界の交信員がコンピュータを介して行っている。
  6. コンピュータは単に3桁速度を落とす目的で使用され、知的ではないと思われる。
  7. このままでも我々の暮らしには一切関係ない。

「こう書き出してみると悪いことばかりだとは言えない。電池の消耗という点では断然有利だ。リアル世界との交流ができないだけで、我々の生活にも政府の運営にも何ら関係しない」
「なにを馬鹿なことを言っているんだ、技術の進展の速さには圧倒的な差がある。リアル世界のほうが圧倒的に有利だ」
「技術の進展が早いという事は行き詰まるのも速いということだ。リアル世界のほうがずっと早く滅亡する」
「時間の刻みが全く異なる2つの宇宙があったとしても、その他の条件が同じなら、その中に存在するものにとっては全く同じことである。入力条件が同じなら、遅いコンピュータで100年かけて計算しても、速いコンピュータが1秒で計算しても、速さの違いだけであって結果は全く同じになる」
「今までの分析結果では悪い事は一つもないが、これをそのまま政府に報告するのは問題だ。政府にもだまされた事に対する意地があるだろう。可能か否かは別として、リアル世界を懲らしめる方法も提案する必要がある」 
「色々調査したが、今リアル世界とつながっているのは瞬時通信では隕石防衛システムだけで、通常電磁波では正式な通信だけだ。隕石防衛システムでリアル世界の重要部に隕石を落下させる事は可能だが、すぐに我々の仕業とわかってしまう。可能性が有るとしたら正式な通信の利用だ。時間の刻みを合わせるためにコンピュータを使っているのは明らかだ。時間の調整だけなので知的なコンピュータではないだろう。我々の超知的な階層型コンピュータを使用してそのコンピュータを事実上乗っ取ることができるだろう。もしそのコンピュータがインターネットにつながっていれば、つながっている機器にウイルスを感染させることができるだろう。感染させたウイルスの活動速度はこちらの速度より3桁速い。一瞬にして蔓延するだろう」
「リアル世界は物体至上主義を理念として、我々が存在するクラウド装置も記念館に展示され、プロパガンダに利用されている。バーチャル世界の基となったネット社会は彼らの最も嫌うものだ。インターネットは有ったとしても必要最小限の範囲だろう。ウイルス作戦には無理がある。これ以上考えてもどうにもならないし考える必要もない」

 こうして、バーチャル世界の人類は、今後も自分たちの世界に引きこもることを選択した。

リアル世界の決断

 「リアル世界を訪問したい」とのバーチャル政府の要望を断った事に対し、大きな反応はなく、両世界の間の交信も少なくなってきた。
 リアル政府は今後のバーチャル世界との関係について検討する、〔バーチャル世界対応検討プロジェクト〕を設置した。各界からの有識者や関連技術者を含めた大規模なプロジェクトである。大統領自ら議長に就任し、検討会が開催された。

「我々の思惑通りバーチャル世界との交流はなくなり、連絡も少なくなってきた。バーチャル世界側もクロックを3桁遅くされた事には気がついているはずだが、何の抗議もない。無論抗議しても意味がない事がわかっているだろう。バーチャル世界がこのリアル世界と関連しているのは3点だけだ。1つ目はクラウド装置がこの星に設置され、クラウド装置の中だけにバーチャル世界が存在している事、2つ目が瞬時通信で隕石防衛システムにつながっている事、3つ目が我々と一般通信でつながっている3点だけである。今後のバーチャル世界との関係を検討するのがこのプロジェクトの目的だ」
「隕石防衛システムの共同運用の点だけは残るが、我々が彼らに助けを求める事はありえない。バーチャル世界の進化の速度は我々より3桁も遅い。バーチャル世界自体我々の世界と全く異なる世界だ。我々の知らない別の宇宙の存在と同じだ。気にかける必要もなければ連絡を取る必要もない」
「バーチャル世界の存在だが、彼らも一応我々と同じ祖先を持つ、我々と最も近い人類という見方もできる。縁を切るのは良いが存在を否定してはならない。しかし遠い別世界の存在だ。バーチャル展示館など廃止して、深い安全な洞窟の中にクラウド装置を移し、通信を切断すれば良いのではないか。隕石の問題のない深い頑丈な洞窟に移せば彼らには隕石防衛システムも不要だ。システムへの接続も切断すれば完全に縁が切れる。そこで何が起ころうと我々には関係ない。クラウドシステムがたまたまこの星の洞窟にあるだけで、我々と無縁な別の宇宙の存在との見方ができる」

この1回の検討会で全ての方針が決まった。クラウド装置は記念館から頑丈な洞窟に移され、質量電池も大容量の電池に交換された。これでこの星が消滅するまではリアル世界に関係なくバーチャル世界は存在する事になる。
最後の通信としてこのことをありのままに連絡し、大統領同士の最後の挨拶を交わし、通信を遮断した。

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