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SFJ人類の継続的繁栄 第17章『冷戦の終わりとゆっくり進む時間』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

雷鳴、そして

 リアル世界との通信を行っている、クラウド装置に設けられた通信センターに大きな雷鳴が鳴り響いた。同時にリアル世界からあわてた声の連絡が入った。

――「隕石防衛システムに瞬時波攻撃が行われた」

この連絡をきっかけに、続けざまにリアル世界から連絡が入る。

――「隕石防衛システムの核心部分を瞬時波から守るためシールド板で囲み、とりあえずの対策を行った」

――「隕石防衛システムの隣に設置されているクラウド装置にも瞬時波攻撃が加えられたので、この装置を他のクラウド装置と切り離した」

 通信センターは大騒ぎになった。すぐさま政府に情報が伝えられると、大統領や政府の要人がすぐに到着した。
 雑音と共に「この星のあちらこちらが瞬時波攻撃にさらされている」との連絡と共に、更に大きな雷鳴が響いた。
 緊迫した連絡が相次ぎ、何が起こっているのか質問したが、ほとんどリアル側には通じないようである。「隕石が落下した!」「クラウド装置が壊れた!」とのパニック状態での連絡もあった。「クラウド装置をシールドケースに収めた!」という連絡を最後に連絡が取れなくなってしまった。
 無論この間の出来事は録音され、何回も録音を聞き返し報告書を作成し、政府に提出した。関係者を集め、大統領を議長とする臨時対策会議が開かれた。

「あの星に大規模な瞬時波攻撃があった。犯人はわからない。我々は一時滅亡の危機に瀕していた。最終的には2つのクラウド装置だけ残り、シールドケースに収められた。これで問題はなくなった。巨大な隕石の落下に耐えうる頑丈な洞窟が見つかり、その中に設置されたようだ。何もかもリアル政府のおかげだ」
「我々が存在しているクラウド装置には強力なシールドが施されたが、リアル世界には瞬時波攻撃が続いている。リアル世界に問題はないのか。リアル世界が存在する事が我々が存在できる条件だ」
「問題なのは隕石防衛システムだ。あのシステムだけは瞬時波通信が絶対に必要だ。一時的に核心部分をシールドしたという事だが、シールドしたままではシステムが使用できない」
「隕石防衛システムの事も含め連絡を試みているが、今のところ連絡が取れない。連絡員がシールドケースの中に入る時に、瞬時波による問題が発生する可能性があり、『頻繁な連絡は取れない』というのが最後の連絡だった。向こうからの連絡を待つしかない」

人にとっての時間感覚

クラウド装置をシールドケースに閉じ込め、バーチャル世界と完全に縁を切る事に成功したリアル政府は、技術省にバーチャル世界について考察し報告するように指示した。この漠然とした指示に対し、技術省の内部に、〔バーチャル世界考察委員会〕を設け、委員会への参加メンバーを募った。各方面の技術者が応募し、テーマを特に絞らない会議が開催された。

「クラウド装置をシールドケースに完全に閉じ込めた。閉じ込めたのでバーチャル世界と我々のリアル世界との間には何の関係もなくなった、と解釈して良いのだろうか」
「たとえ、二度とシールドケースを開けないと仮定した場合でも、厳密には関係がないとは言い切れない。彼らがバーチャル世界で活動すればするほど、リアル世界に存在するクラウド装置の稼動が激しくなる。情報処理には原理的にはエネルギーが不要だが厳密には僅かな消費がある。その分、質量電池が消耗し軽くなる」
「消費したエネルギーはどこで使われるのだ。バーチャル世界でエネルギーが消費されるのか」
「クラウド装置の稼動が激しくなれば電力の消費が激しくなる。その分熱が発生するだけだろう。原理上は情報処理にエネルギーは不要だが、実際には稼動に対応しエネルギーが消費され、最終的には消費されたエネルギーは熱に変換される。バーチャル世界が活動すればするほどクラウド装置の温度があがる。一般の装置と同じ事だ。しかし、一般の装置はリアル世界の我々の意志で我々の目的のためにエネルギーを消費するが、バーチャル世界によるエネルギーの消費は我々には何ら利益をもたらさない」
「クラウド装置のクロックを下げればエネルギーの消費量が少なくなる。クロックを下げてもバーチャル社会では認識ができないだろう」
「無論、認識できない。クロックを一時的に止めても、止まったこと自体を認識できない。バーチャル世界での時間はクロックが全てだ」
「我々のリアル世界ではどうなのか。時間の最小単位はあるのだろうか。クロックはあるのだろうか」
「結局リアル世界だって同じことだ。時間に最小単位やクロックがあるとしても知ることができない。時間を止められても時間の速さを変えられても認識する事はできない」
「リアル世界に時間の最小単位があったとしても、その中にいる我々にはどうする事もできない。しかし我々はクラウド装置のクロックを自由に扱うことができる。クロックを千分の1にして、彼らとの通信を再開したらどうなるのだろう」
「彼らは我々のリアル世界の今の時間の進み方と歩調を合わせてバーチャル世界を開発しているのだろう。千分の1にしたら開発スピードも対話速度も頭の回転も千分の1になる。我々には大きなメリットだ」

 政府にクロックを千分の1にする事によるメリットを説明し、クロック戦略は承認された。 
シールドケースを開け、交換用の発振部品と工具を手にした技術者が中に入った。発振部品の取り外しには成功したが、取り付け部のサイズが少し大きく交換用の発振部品を取り付けることができなかった。技術者はゆっくりとシールドケースから出て来て、取り付け部を削り始めた。他の技術者たちはただその作業を見ていた。特に急ぐ事のない作業である。クロックは停止してもバーチャル世界には全く認識ができない。
削り終わったあと、技術者がシールドケースの中に入り、ゆっくりと発振部品を取り付けた。一旦止まった後、バーチャル世界は今までより千分の1の速度で動き始めた。

うすのろ文明の誕生

 メンバーが再度集まりバーチャル世界考察委員会の議論が再開された。

「バーチャル世界の速度は今までの千分の1になった。バーチャル世界との通信は再開しても我々の脅威にはならないだろう」
「バーチャル記念館の来客に、我々と彼らの通話の様子を見せたらどうだろう。バーチャル世界が非常におろかな社会だ、との宣伝効果は大きいだろう」
「彼らと対話しようとしても歩調が全く合わない。対話する係員もいらいらする。自動応答用コンピュータを介して行う必要がある」
「コンピュータを介した対話でもしっかり内容を解説すれば宣伝効果は非常に大きい。これを利用しない手はない。これに対応したアニメも作ろう」
「対話したらクロックの速度を変えたのを相手が気付いてしまうのでは」
「気付かれても問題ない。相手は我々より頭の回転が千分の1の、うすのろだ」

 早速政府の承認を取り、バーチャル記念館に展示し、バーチャル世界との対話を再開する事になった。
 先ず、「瞬時波攻撃の問題は全て解決した。原因は隕石防衛システムのトラブルだった。瞬時波で制御しているロケットが暴走し、あちこちに瞬時波を発射した為だった。全て修理し、システムも完全に復活した。あわてていた為、クラウド装置を1つ壊してしまったが、あとは無事だ。全て元通りに戻してある。シールドケースも取り払った。今後は今までどおりの通話が可能となった」とコンピュータに入力し、千分の1の速度で送信した。

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