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SFK人類の継続的繁栄 第12章『四重の塔が伝えるもの』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

バーチャル世界への招待

 バーチャル世界の技術者の協力の下、リアル二足人のデータが作成された。いよいよリアル人のデータがバーチャル世界に入った。元リアル人たちにとって始めてのバーチャル世界である。バーチャル世界の各所で盛大な歓迎式典が開かれた。元リアル人にとっては思いもよらぬ盛大な式典である。歓迎式典は10日間も続いた。
その間の宿泊先として1000階建ての巨大なホテルが各地に建造されていた。各部屋はリアル世界では見た事のないような大きく豪華なもので、各部屋専任のメイドが付いていた。
 元リアル政府の山田氏がバーチャル政府の担当官に「これほど豪華な世界だとは全く想像できなかった。まるで天国のようだ」と言うと、担当官は「バーチャル世界なら何でも行う事ができる。もっと豪華な歓迎式典の案もあったが、豪華なほど飽きるのも早い」と答えた。

「リアル人の人口は30億人だ。1万人ずつ30万箇所で歓迎式典が行なわれていると聞いている。豪華なホテルも30万棟建てたとも聞いている。あのような豪華な1万部屋のホテル30万棟を作るのはバーチャルでも大変なことでしょう」
「同じものなら1個作るのも1億個作るのもあまり変わりません。バーチャルが一番得意とするところですから。地球の自然を再現する観光地開発が一番大変でした。バラ園1つ作るのも大変。同じ種類のバラの花を同じ形にすれば簡単にできるのですが、それでは入場料が取れない。今回の歓迎式典用に作った部屋は大統領専用室を除くと要人用と一般人用と従業員用のたったの3部屋です。部屋は3種類ですが30万棟のホテルの形は皆異なる。全く同じだと面白みがないので。ですが、これも3つの部屋の数や配置を変えるだけで済みます。1つとして同じ形のホテルはないですが、これはコンピュータで指示するだけで済むというわけです。ということで小さなバラ園一つ作るほうが色々な形をした30万棟のホテルを作るよりずっと大変なのです。無論あなた方30億人は1人としてコピーではない。30億人それぞれが全く異なる。しかしデータはリアル政府が送ってきたものがあるので作るのにあまり手間はかかりませんでした」

 歓迎式典のあと山田氏らは各所の施設に案内された。最初に第4太陽系記念館に案内された。そこには、広大で豪華な大統領執務室の中で豪華な衣装をまとった威厳のある西田大統領に第4太陽系の使節団が謁見しているところもあった。
担当官は山田氏に「あれを作るには手間がかかった。執務室を大きくするのにはたいした手間はかかりませんでしたが、豪華な装飾には手間がかかる。特に大統領の衣装や威厳を持った表情を細部にわたって作るのは大変でした。何れも職人による手作業ですから」と説明した。

世界、感覚、価値観

 次にレジャーランドに案内された。広大な敷地に各種のレジャー施設が作られていた。体験型の施設も数多くあった。多くはバーチャル世界でないと体験できないものであり、山田氏もその1つを体験した。
山田氏が体験したのは、自分の体がそのまま超高性能ロケットとして第6太陽系の中を自在に飛びまわるもので、両腕の角度や手のひらの形を変える事により、スピードや方向を自由自在に変えることが可能である。慣れるにつれて自由に飛行できるようになり、この衛星の裏半球側を地面すれすれに飛行した。思い切りスピードをあげ太陽に近づくと、体が燃えそうな暑さに見舞われ、あわてて引き返した。今度はこの衛星が公転している大きな惑星に向かって飛行した。惑星に近づきすぎ引力に引き付けられ、あわてて方向を変え惑星の引力圏から脱した。
時間を忘れ飛行を楽しみ出発時間になってしまった。山田氏は結局この1つを体験しただけで、巨大で豪華な高速バスに乗り、次の目的地の地球観光ランドに向かった。
 地球観光ランドは1000区画からなり、200区画だけが作成済みで、全てが完成するのは3000年かかるとの事だった。
完成済みの1つの区画に案内された。その区画はさらに1000小区画に区分けされており、各小区画にはかつて地球で建造された各種の建造物が再現されていた。
 バーチャル世界に住む300億人の住民は誕生後一度も実際の草木を見たことがなかった。住民から植物、特に花に対する要望が多くあり、2つの大区画が植物園に割り当てられていた。
 担当官からバラの話を聞かされていたので、山田氏は小区画に割り当てられた広大なバラ園を見学した。担当官の説明によると、このバラ園には1億株のバラが常時咲き乱れているということで、人が近づける場所に咲いている1万株については詳細に作成し、その周辺の10万株はそれなりに、それより遠いところは10個の花のデータを基に色や大きさを変えただけのもので、それより遠いところに小さく見える点のような花は、単に着色した点、との事だった。
 山田氏が、「リアル人は目を望遠鏡モードにする事もできる」と言うと、担当官は、「我々もそれはできる。目を望遠鏡モードにして遠くのバラを見ると、拡大度に応じバラの形が変化し、拡大度を最大にすれば詳細に作成されたきれいなバラが見える」と言った。山田氏が、「どのよう方法で行っているのか」とたずねると、担当官は、「企業秘密なので私も知らない」と言った。

 バスは次の目的地の技術記念館に行った。広大な建物の中には沢山の展示物や装置が置かれていた。山田氏は普段は公開されていない四重の塔を特別に見せてもらった。

「この四重の塔は、1階に当たるバーチャル世界の中に2階に当たるバーチャル世界用のバーチャルなクラウド装置を作り、同様にして4階にあたるバーチャル世界まで実験的に作ったもので、実用的なものではないですがバーチャル世界を深く理解するためには貴重なものだと思います。この考えを深めてゆくと、あなた方がいたリアル世界はバーチャル世界の地下1階に相当することになります」
「300億の住民の大半はソフト産業に従事していると聞いているが、ソフトの作成は脳と直接連結して作成しているの?」
「始めのうちは脳と直結する方法も行っていたのですが、プログラマーに評判が悪く、現在はバーチャルキーボードを使用しています。バーチャル世界で能率を求めると一層バーチャル感が増してしまう。リアル感を追求し色々試したところキーボードにたどり着いたというわけです」
「バーチャル世界での一番の娯楽って何」
「観光やレジャーランドの場合は、初めはあなたが体験した人間ロケット飛行のような、よりバーチャル的なものが好まれました。しかしバーチャルすぎるものはすぐに飽きがくる。今は地球観光、特に自然の風景に人気があります。バーチャル世界で暮らしているとリアル的なものが好まれる」

 山田氏がバーチャル人の五感について訊ねると、「すでにあなたもわかっていると思うが、リアル人よりも五感は充実している。目で見て、口で話して耳で聞いて、口で料理を食べて、鼻でにおいをかいでいる。バーチャルでは五感は作りやすい。五感の本質は脳に伝えられる信号なので、バーチャルの領域ともいえます」と担当官は答えた。
触覚、特に性器の感度はどうなのかと聞くと、「十分に充実している。特に性器の感度は非常に良い。一時期感度を良くしすぎて、仕事をしないで性行為にふける馬鹿ップルが多くなり問題になった。今では程々の感度に設定されている」と担当官は答えた。

新たな世界への旅立ち

 
 リアル人のデータをバーチャル世界に送付した後も、この大プロジェクトの命運の全てがリアル世界側にかかっている。 二足人側の分担はクラウド装置の製造、ロケット本体の製造、ロボットの製造であり、四足人側の分担は質量電池の製造、高性能ロケットエンジンの製造、ロケット燃料の製造である。
 クラウド装置の接続について関連の技術者が集まり、最終確認会議を行った。

「現在、クラウド装置は3台稼動し、相互に瞬時通信で結ばれている。3台稼動しているが瞬時通信でつながっているのでバーチャル世界は1つだけである。同一仕様のクラウド装置が新たに10台完成した。新たな10台のクラウド装置を稼動している3台に瞬時通信でつなげても、クラウド装置が3台から13台に増えるだけで、13台とも同期して全く同じ動作をするのでバーチャル世界は1つだけしか存在しない。最初から稼動していた3台をそのままにして、新たに接続した1台の接続を切り離せば、独立したバーチャル世界が1つ生まれ2つになる。同様に残りの9台の接続を切れば、バーチャル世界は全部で11個になる。11個のバーチャル世界は独立しているが当面は全く同じ動作をする。新たな10個のバーチャル世界は閉じられた世界なので未来は確定し、同じ動きをする。外界から少しでも影響を受けた時点で未来は変わる。クラウド装置をそれぞれのロケットに積み込んだ時点では全く同じ動作をしているが、ロケットに搭載したロボットと通信を開始した時点で動きが異なってくる」
「我々の分身も11個のクラウド世界に存在することになる。ロボット等との通信により未来の動きはそれぞれ別な動きになるが、私の分身はいつまでも11個のバーチャル世界に存在する」
「分身という解釈には異論がある。分身が別々の動きをした時点で記憶は別のものになる。遺伝子が同じ11人の双生児と同じで、まったく別の人間だ」
「解釈は別として10個の新たなバーチャル世界を作る方法はこれで問題ない。ロケットもエンジンもできた。それぞれの目的地も決まった。あとは実行するのみだ」
 
 全ての準備が完了した。それぞれのクラウド装置にはリアル世界に状況を知らせるための一方通行の瞬時通信装置が取り付けられた。10個のバーチャル世界は1番世界、2番世界と順に番号をつけ呼ぶ事にした。
1番世界から10番世界を載せた10機のロケットはそれぞれの目的地に向かって航行を開始した。
 
 10年が経過した。1年に一回ほど極短い状況報告があった。順調に加速航行しているようである。

 50年が経過した。「隕石が来た。避けられない」という通信後、3番世界から何の連絡も来なくなった。隕石がロケットを直撃したのに間違いない。1つのバーチャル世界が消滅してしまった。

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