この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
作戦成功
第8世界を救うために第一陣の宇宙船が出航した2年後、円錐型のフードや姿勢制御装置、ロボットの交換部品などを搭載した超高速ロケットが、宇宙船の後を追い発射された。その3年後、ロケットが宇宙船に追いつき荷物を引き渡した。
それから300年が経過し、目的領域までは20光年の領域に到達した。予定通り大型電磁波砲を搭載した大きな貨物箱が切り離された。大型電磁波砲が作動し、第8世界に向けて強力な電磁波を送り続けながら貨物箱は惰性航行に入った。大きな貨物箱を切り離し軽くなった宇宙船は180度回転し減速航行に入った。
宇宙船が出航してから400年が経過し、目的の領域に到達した。第8世界と連絡し、位置を確認しながら第8世界を載せたロケットに接近した。隊員がロケットに慎重に近づき、宇宙船にロケットを回収した。
第8世界であるクラウド装置と宇宙船に搭載してきた新クラウド装置とを瞬時通信でつないだ。これにより第8世界は新旧どちらのクラウド装置にも共通して存在した。一旦つないだ2つのクラウド装置の瞬時通信を切断した。これにより第8世界は両方のクラウド装置に独立して存在した。
宇宙船から、質量電池が一体化された長方形の新クラウド装置を取り出し、宇宙空間に仮設置した。クラウド装置の一方の端部に隕石対策用の円錐型のフードを取り付け、反対側の端部にはロボットや交換用部品などを収納する荷物箱を固定し、荷物箱の3箇所に小さな姿勢制御装置が取り付けられた。姿勢制御装置を操作し、円錐型のフードを隕石が飛んでくる方向にむけ宇宙空間に設置し直した。
壊れかけた質量電池と旧クラウド装置とを結ぶ電源ケーブルを切断し、旧クラウド装置の動作をとめた。これにより第8世界は新しいクラウド装置に完全移行した。
元のクラウド装置は動きを止めたまま宇宙船で持ち帰る事にした。
プロジェクトの作戦は完全に成功した。最初の予定よりはるかに近い領域だが、第6太陽系から120光年離れた領域に第8世界は確実に存在している。たとえ隕石が第8世界を襲っても円錐型のフードに極緩やかな角度で当たり、隕石はそのまま飛び去ってしまうだろう。隕石の衝突により緩やかに動き出しても姿勢制御装置により元の姿勢に戻るはずである。想定通りであれば、第8世界は今後、数百万年の安泰が約束されたといっていい。
分離した世界、その運命
さらに400年が経ち、〔クロックを止めた旧クラウド装置〕を搭載した宇宙船が第6太陽系に戻ってきた。 二足人のリアル政府は、高官を集めて、このクラウド装置の扱いについて議論した。
「第8世界の救済には完全に成功したが、面倒な問題が残ってしまった。元のクラウド装置がクロックを止めたまま戻ってきた。どのように処分したら良いだろうか。処分といっても、その中には我々の分身も含め、330億人が眠っている。電源をつなげばクロックが動き、400年前の330億人の住む世界は動き出す。クラウド装置を壊してしまえばその世界は消滅する」
「我々の選択肢は3つある。1つは電源をつなぎ元の第8世界を復活させること。1つはクラウド装置を破壊し、元第8世界を終焉させること。1つはこのまま凍結して後で決めること、の3つだ」
「この事はバーチャル政府には何も伝えていない。このまま破壊したらバーチャル政府も、次は自分たちのクラウド装置が破壊されるのでは、との疑念を持つだろうし、クラウド装置を動かした場合には、この衛星の今までのバーチャル世界と同格のバーチャル世界がもう1つできてしまう」
「元第8世界の住民はこの衛星のバーチャル世界の住民の分身だ。統合する事はできないのか」
「分身させる事はいくらでもできるが、一旦分身した瞬間に全く別の人になる。800年も前に別れた世界を統合するには800年前に戻らなければならない。理論的に全く不可能だ」
「この問題をどうするか、バーチャル政府に相談するにしても慎重な準備が必要だ。下手すると取り返しのつかない大問題になる。理論武装が必要だ」
「我々、政治家が議論する前に専門家に十分に検討してもらおう。この問題は非常に微妙で大きな問題だ。関係者以外には漏れないようにする必要がある」
リアル政府は、元第8世界のクラウド装置をそのまま動かさずに保存する事に決定した。万一このことがバーチャル政府に知られても問題にはならないだろう。知られた場合には元第8世界の取り扱いをバーチャル政府に決めてもらえば済む話である。
停止したクラウド装置の件を除き、リアル政府はバーチャル政府にこの間の出来事を全て報告した。
リアル世界とバーチャル世界の今後
バーチャル世界の技術者とリアル世界の技術者による合同研究会を開くことが両政府により決定された。リアル政府の来賓室に用意された人体に乗り込み、バーチャル世界の技術者がリアル世界に到着した。
リアル政府主催の歓迎式典の後、両世界の技術者による研究会が行われた。リアル側の技術者から、他のバーチャル世界の簡単な現状報告が行われ、今後の各バーチャル世界の独立の話に及んだ。
バーチャル側の技術者から、それぞれのバーチャル世界が完全に独立するために、瞬時通信を終了する事が提案された。リアル側の技術者から、「元々、双方向通信は行っておらず、極稀にバーチャル世界から短い報告が入るだけで、1000年以上経った今では、あまりにも遠すぎて連絡があったとしても受信できない」との説明があった。
別のリアル側の技術者からは、「第8世界の事故の場合では、まだ近かったので救援に行けたが、今後はたとえ救援要請がきても何もできない」との説明があった。結局瞬時受信機その物を撤去する事が決まり、各バーチャル世界との連絡を絶ち、完全に別の独立世界とすることが決定した。
次に、この衛星上のリアル世界とバーチャル世界の関係について話し合いが行われた。
リアル世界の技術者が「先日、クロックの問題について我々の技術者間で話題になった。クロックの速度を変化させればリアル側から見たバーチャル世界の動きの速度が変化するが、バーチャル側から見ると、リアル世界の動きが変化して見える。どちらを基準にするかの違いだけだ」と言った。この発言を皮切りに両世界の技術者による白熱した議論が展開された。
バ-1:「バーチャル世界はリアル世界に置かれたクラウド世界に存在する。我々は他のバーチャル世界のようにこの衛星から独立した宇宙空間に行く事は望まないが、クロックだけは我々が自由に変えられるように希望する」
リ-1:「クロックをバーチャル側で制御できるようにするのは極簡単だ。専用の通信回線でそちらの都合に合わせてクロックを制御すればよい」
リ-2:「それでもクロック回路はリアル側にある。クロック高速化技術はだいぶ進んだ。現状より2桁クロックを速くする事ができる。クロックを上げたままで固定し、バーチャル側で実質的なクロックを決める基本ソフトを作る事はできないか」
バ-1:「基本ソフトにより元のクロックを分周して、1/2、1/4、1/8、のように飛び飛びだがいくらでも遅くする事ができる」
リ-3:「飛び飛びでなく連続的に可変する事もできるだろう。例えば1万クロックの内10個のクロックを抜く事も9000個のクロックを抜く事もできるだろう」
バ-2:「それは良いアイデアだ。1万の内どこから幾つクロックを抜いても我々には認識できない。たとえば実質的なクロックを半分にする時に、1つずつクロックを飛ばしても良いし、最初の5千個だけまとめて飛ばすこともできる。リアル世界を観察した時に人の動きがスムーズに見えるか、がたついて見えるかの違いだけだ」
バ-1:「それで行こう。早速政府の承認をとり実験から始めよう」
リ-1:「実験には全面的に協力するが、連絡方法はどうするのだ。時間の動きが異なっていてはうまく会話ができない」
バ-3:「会話する時には通常のクロックに戻せば良い。がたついたクロックの実験中でも会話ボタンを押せば、押している間だけクロックが通常に戻るようにすれば良い」
他のバーチャル世界との連絡を完全に断つ件、バーチャル世界のクロックをバーチャル側で制御する実験を行う件、の2件とも両政府により承認された。