MENU

Novel

小説

SFA 人類の継続的繁栄 第7章 『第2世代の人類終焉』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

終焉のはじまり

 新誕生システムの成立以降、人類は継続的繁栄を達成し安定した社会を実現することとなった。もちろん、その間には幾度となく、火山の巨大噴火をはじめとした大災害に直面したが、そのつど出生率の増加調整や、空気中の二酸化炭素濃度の調整により危機を乗越えてきた。しかし、そういった微調整ではどうにもならない事態がいよいよ訪れることとなった。

――小惑星の地球衝突の日が近づいてきたのである。

 この小惑星の存在は、すでに100年以上前には確認されていた。その後、現状のあらゆる技術を駆使してこれを停めることができないか検討、模索が行われたが、結論からいえば人類の力ではこれを免れる事はできない。検証すればするほど、それが不可能であることが確定的、絶対的になっていった。
そうなってしまうと、共同体としてできることは一つだった。ただ、その日を待つだけである。
この頃、第2暦60万年頃には「体は動くために必要な装置で、脳は考えたり記憶したりする装置であり、脳に記録された記憶だけが本人が本人と認識する、生きている証である」との、当たり前の考え方が一般人にも広く認識されていた。
 そのため、「自分の記憶を宇宙に発信し、宇宙のどこかの知的世界がその信号を捕らえ、自我のあるロボットにその記憶信号が移植されれば自分はそこで生き返る」という、わずかな可能性の下、小惑星の衝突の前に自分の記憶を宇宙に向けて発信する事を望む人が現れた。そしてこれは、口コミにより希望者が増加。大流行することになる。これを事業化し、最後に一儲けしようと、衝突の50年前から予約が開始され、その準備に奔走する事業者が現れた。
 このようにこの期に及んで儲けようとする事業者に対しては、「どうせその日が来ればあなたも死ぬのに、何でそんなに頑張るのか」との声があった。メディアの取材に当の事業者の一人が、「みんな同じだよ、最後まで働いて有意義に過ごし、一瞬にして消える、まさに究極のピンピンコロリだ」と答えていたが、彼らに関わらず同じような気持ちで残された時間を過ごそうという人は多かった。

終焉のためのソリューション

 衝突の日を迎えるに当り、国際政府では大規模な〔国際終焉プロジェクト〕が組織された。
国際終焉プロジェクトは、多数の個別プロジェクトからなり、その中に人類が存在した証、その歴史をどこかの知的世界に届けようとする、大規模なものであった。ただ、この大規模なプロジェクトには一般市民の多くは参加することはできなかった。そんな参加できなかった市民の受け皿となったのが、民間の電気会社や通信会社が主催するプロジェクトだった。個人の記憶を宇宙のどこかの文明に発信したいと望む人はそれほど大勢いたのである。
多数の大手企業が個人記憶送信事業を立ち上げた。そして、各社が事業化計画を発表すると、問い合わせが殺到した。
 この様子を知った国際終焉プロジェクトは、人類歴史送信プロジェクトとは別に、この動きを制御し、混乱を防止するための〔国際記憶送信プロジェクト〕を組織した。事業者側も効率よく事業化するために団体を組織した。
国際記憶送信プロジェクトと事業者団体の間で、いかに混乱なく行なっていくかについて統一したルール作りを行い、発信のフォーマットなどの規格を定めることにした。
フォーマットや主なルールは次のように決められた。

  1. できるだけ遠くまで届くように、最適な送信周波数を検討しその周波数を使用する。
  2. 1つの送信機の送信出力は2千kw以内とする。
  3. 発信方向は地表面の直角方向。放射角度は0.1度以内とする。
  4. 宇宙のどこかの知的世界がこの意図に気付くように、送信日の10日前から一定の様式でカウントダウン発信を行う。
  5. 衝突の前日に1人あたり1秒間記憶信号を発信し、送信機1基あたり最大1万人の記憶を連続して発信する。

 国際統一規格ができ、各事業者がいっせいに宣伝を始めた。日が経つにつれ応募者が増加し、最終的に1億人の応募が見込まれ、最低1万基もの専用送信基地が必要になった。
この2千kwの電力を1万基地で使用するためには、2千万kwの電力が必要であり、従来の発電システムの増強により対応するは全く不可能だった。事業者は、電力会社からの電力の供給をあきらめ、それぞれの基地で発電する事にした。
10日前からのカウントダウン信号については、長時間連続発信する必要がないので、大型蓄電器で対応できたが、記憶信号送信日には各送信基地で1万人もの記憶信号を送信する必要があり、1人1秒の割り当てなので、最低で1万秒、3時間近く連続的に送信する必要があり、蓄電は不可能で全く別の発電装置を開発しなければならなかった。
 事業者団体の依頼を受けて、関連メーカー団体は発電方法について協議した。各基地に2千kwの発電装置を備える事が必要だが、この発電の特徴は、発電時間がたったの3時間であり、その後使う事のない点である。
検討の結果、第1世代の末期に使用していたジェットエンジン技術に着目した。ジェットエンジン技術は危険技術に指定されてなかったので、当時の文献が残っていた。ジェットエンジンを作るための鉄も大量に地中に埋められおり、またカーボン社会に移行したとはいえ、多少の金属も使用していたので金属加工技術も残っていた。
 地中に埋めた大量の鉄を掘り起こし、天然ガスを燃料とする大型のジェットエンジンと発電機を製造し、これを直結し、3時間の使用に耐える2千kwの発電装置を作る事になった。
このジェットエンジンの燃料として必要な天然ガスの総量は、たった3時間分と少量なので、これから準備すればその日までに必要な天然ガスを採取するのは十分に可能だった。
しかし、この段になってもお役所はお役所仕事で「化石燃料の使用は禁止されている」、「大量の燃料を燃焼すると地球が汚染される」等、それぞれの所轄官庁から様々な反対意見があった。地球の汚染も何も、次の日には地球から生物が絶滅してしまうのに、やはりお役所はお役所だった。しかしながらこれらの反対意見も、次の日には地球から生物が絶滅するという事実には逆らえず、このような馬鹿げた反対意見はなくなってきた。

終焉の日

 終焉に向けた動きは、この問題だけでなく多くの分野に及んだ。多くの人は、最後は薬により安楽死する事、その前に快楽を得る事、あるいは陽気に終焉を迎える事を望んだ。最後の快楽として、酒や豪華な食事等が色々の業者から宣伝されたが、強力な麻薬や覚せい剤の宣伝にはかなわなかった。化学メーカーは強力な快楽の後にそのまま安楽死する薬物の開発におわれた。強力な快楽といっても人の好みは様々である。それにあわせて様々な薬物が開発された。
 国際終焉プロジェクトは各国政府に対し、終焉についての必要な法規制を設けると共に、薬物等の規制は大幅に緩和するように通達した。
終焉を迎える前に全財産をつぎ込んで色々な遊びや趣味や旅行を行おうとする人も多くいたが、ほとんどの人が働くことを辞めていたために人を介したサービスの多くはもちろん、最低限のサービス以外は機能していなかった。
 終焉後は天国に行ける、という謳い文句の新興宗教も多数興った。精神的に不安定になる人も続出し、自殺者も急増した。また、終焉を迎える前に全財産を使い果たそうとしている人の中に「もし小惑星が衝突しなかったら、金がないので生活できなくなる」という不安を持つ人も現れ、これに目をつけた保険会社が〔衝突不発保険〕を企画した。

 新誕生システムが運用されてから、巨大隕石や火山の巨大噴火などで一時的に不安定な時期もあったが、それを除くとほとんどの点で安定した社会であり、経済活動も平坦に推移していた。問題の小惑星が発見されたあと、経済活動は一時的に落ち込んだが、終焉の日の30年ほど前から色々な点で急激に活発になってきた。
 その多くは遊んで金を使い果たす人ばかりだったが、終焉プロジェクトに向けて勤勉に働く人、終焉の日に向けた各種事業を興して束の間の金儲けをする人、人や企業も様々だが経済活動は大幅に上昇した。
 ただし、この終焉問題がわかってからは、さすがに子供を設ける人は少なくなり、出生率2.01の原則もなくなった。 
 
 終焉の日の10日前になると、各信号送信基地から宇宙に向けてカウントダウンの信号が発信された。
 そして終焉の前日。教会や新興宗教団体には多くの人が集まった。最後を共にしたいグループが集まり、そのグループに適した薬物を服用し、終焉を迎えるグループも多数あった。家で終焉を迎えるカップルも多くいた。若いカップルの中には、それに適した薬物を服用し、セックスに興じるものも多くいた。
 また、薬物を服用せずに終焉を見届けようとする人も大勢いた。町の各所には最後まで治安を守る警官もいた。
 いよいよ小惑星衝突の10時間前になった。世界の各所にジェットエンジンの轟音が響き渡った。
 そして、発電機が作動し、各送信基地から1億人の記憶が宇宙に向けて発信された。

小説一覧

© Ichigaya Hiroshi.com

Back to