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SFB人類の継続的繁栄 第6章『悲劇からの再起と繁栄への道』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

体と脳の改良


 第三世代人類における初の死亡事故を受け、このような悲劇を二度と繰り返さないように医師と技術者による検討会が開催されることが即日決定され、翌日より議論が始まった。
 主な発言者の言葉を借りて、検討会の内容をまとめるならば次のようになった。

1)原因と課題
 「今回の死亡事故の原因は水没によりメモリーが損傷を受けた事だ。脳の中枢部のCPUやメモリーには始めから損傷対策が施されている。したがって水没や火災から記憶用メモリーの損傷を防げば良い。しかし記憶用のメモリーは大量に使用されている。全てを保護すると体積が大きくなりすぎボディに収まらない」

2)分析
 「メモリーの大半は、ほとんど全員が共有する記憶に使用され、個人的な記憶や自己認識に必要な記憶に関するメモリーの使用量はわずかである。今後時間の経過につれ、経験による学習量が増え一般的記憶は増加し、メモリーの増設も必要となる」

3)課題解決に向けた仮説
 「個人的な記憶や自己認識のための個人記憶と大量の一般記憶とを分離できないだろうか。個人記憶だけ損傷しなければ死ぬ事はない。一般記憶は損傷しても他の人の記憶をコピーすれば良い。この場合、今まで知っていた知識の一部が無くなり、知らなかった知識が追加されるだけなので、生き返った本人にはあまり違和感がなく、大きな問題とはならないだろう。分離が可能ならば個人記憶に使用するメモリーだけ損傷しないよう保護すれば良いのではないか」

 こうして、個人記憶と一般記憶とを分離し、個人記憶用のメモリーだけを保護するというアイデアが、現状で最も現実的な解決策ということで会議の一致をみた。
 この解決策を受け、技術部門の人体班は、厳しい環境から個人記憶用のメモリーを守るシールド技術を開発した。しかし、このシールド技術を使ったシールドメモリーに置き換えるためには、全員に大手術が必要であった。
 まず、今までに誕生した第3世代の人間には、一般記憶と個人記憶とがメモリーに混在しているため、個人記憶を一箇所にまとめる調整が必要であった。このため、大量の記憶の中から個人記憶を抽出する方法が検討だれた。
検討の結果、全員の記憶を全て集録し、この中から3人以上が共有する記憶を一般記憶として仕分け、一般記憶集合データを作る事にした。
 洞窟にある10台のパソコンを使用すれば仕分け作業は可能だと予測された。しかし、このパソコンには大容量のハードディスクが無いため、全員の記憶を集録する事ができない。計画を実現させるためには大容量ハードディスクを入手する必要があった。つまり発掘するしかないということだ。
 大容量ハードディスクを見つけるために、第3世代人類の統治管理機構のリーダーである阿部と、井上と上田の2名のサブリーダー、各部門の部門長、第2都市発掘担当者による検討会が開かれた。
 はじめに第2都市の発掘状況が報告される。幹線道路については8割方整備が終了し、建造物も1割ほどが掘り起こされ、放置された多数の車両が見つかったと報告された。「車両が見つかった」との報告を聞き、技術部門の1人が「それだ!」と少し興奮気味に声を挙げる。そして皆の視線が集まっていることに気づくと、軽く咳払いをしてこう続けた。
 「当時の車には全てドライブレコーダーの設置が義務付けられ、走行状態を長期間記録するようになっていた。大容量のハードディスクが備わっているはずだ。第2都市の自動車からハードディスクを回収すれば解決できる」
  この発言を受けて、会議は歓喜に湧いた。
 「そうだ! ドライブレコーダーなら洞窟にあるトラックにも付いている」
 続けて技術部門の一人がそう発言すると、検討会は中断され会議の参加者全員がトラックの元へ向かった。
 確認すると、トラックの運転席の脇には大容量のハードディスクが確かに搭載されていた。

個人記憶と一般記憶のメモリー移植手術

 早速、技術班により個人記憶と一般記憶を仕分けるためのソフトが作成された。デバック作業により、正常に動くことが確認されると300人全員の記憶をハードディスクに集録する作業が行われた。これが第3世代人類における一般記憶の総合データとなる。
 ただし、置き換え手術が本当にうまくいくかは、最初に誰かが実験台にならなくては確認できない。これには技術部門の担当者が被験者として手をあげた。
 被験者の記憶がパソコンに取り込まれ、一般記憶総合データと対比され、個人記憶と一般記憶とに仕分けられる。被験者の記憶は一旦全部消去され、2つのメモリーチップに個人記憶を、その他のメモリーには一般記憶が書き戻され、それに合わせてソフトがチューニングを行った。
 理論上は成功の可能性はかなり高い。ただ万一失敗すれば、被験者は目を覚ますと同時にまた発狂するかもしれない。あのような悲劇は、二度と起こしてはならない。起こってほしくないと誰もが思っていた。
 再起動のスイッチがONにされると、被験者が目を覚ました。今の所、落ち着いた様子で異常はみられない。それから担当者の質問に答えるように、自分の状態を話し始めた。
 「特に違和感はありません」
 そう当人はいったが、周りの人から見ると不自然な点があった。たとえば彼は妙に落ち着きすぎていた。
 その原因の究明と対策法を検討した。その結果、一部の記憶は個人記憶と一般記憶の両方に持たせる事により解決できる事がわかった。その解決策として、個人記憶には3つのメモリーチップを割り当てる事にした。
 次にハードウエアの改造が行われた。個人記憶用の3つのシールドメモリーに置き換える手術である。この手術は何ら問題なく行われ、被験者はほとんど死の恐れのない、いわば第3.5世代の人類ともいえる最初の人になった。
 その後、順番に第3世代人類300名全員に同じ手術が施された。これにより個人記憶を喪失する危険はなくなり、水没などの事故による死の恐れはなくなったのである。

第3世代人類による最初の発明品

 インフラ部門による第2都市の発掘作業は順調に進んでいた。幹線道路の半分近くが掘り起こされ、各種車両が100台近く見つかった。
 何といってもこの間の最大の成果は、この都市の動力源である大型の質量電池とカーボン変成機が見つかった事である。さらに大型の建造物も次々と見つかり、洞窟から第2都市への引越しが始まった。建造物のいくつかは居住用に、いくつかは作業用に、残りは施設用に割り当てられ、目的に応じ修理、改造が行われた。

 第3世代の人類はまだ僅か300名である。次に行うべき事は大量に人を誕生させる作業である。第3世代の人類の誕生に必要なメモリーなどの半導体チップやバッテリーは、第2都市に放置された大量のパソコンやスマホから入手する事ができた。これらの部品を慎重に回収して洗浄し、700人分の電気部品を製造した。
 こうして、この第2都市で見つかったカーボン変成機と、洞窟に保管されていたカーボン変成機により700人分の人体が製造されることになった。
 個人記憶用の3つのシールドメモリーと、多数の一般記憶用のメモリー、バッテリーが人体に内蔵され、一般記憶用メモリーには一般記憶がインストールされる。個人記憶用シールドメモリーには、チューニング用のデータがインストールされた。あとはチューニングにより自我に目覚めさせ、そこに個人記憶を入れれば新たに人が誕生する。
 ただ、万事が何事もうまくいったわけではなかった。理論は完璧だったが、一つ誰もが見落としていたことがあったのである。
 数人を誕生させた後、その問題が発生し、誕生作業は中断された。その問題とは次のようなものだった。
 個人記憶として、井上サブリーダーの記憶を使用したところ、当然といえば当然なことだが、彼はサブリーダーの自覚を持って誕生した。これによりサブリーダーは1名増え、3人にせざるをえなくなったのである。
 その後、新規に誕生したサブリーダーも交え、担当技術者と医師による対策会議が行われた。
 今までは人数を増加させる事を優先し、また即戦力になるように個人記憶をそのまま使用していた。ただ、このままこの方式を続けると、個人記憶を提供した1人が単純に2人になることになる。当人たちも戸惑うし、突然リーダー等の権力を持つ人が誕生すれば組織も混乱する。
 これらを慎重に考慮し、必要最小限の記憶しか持たない誕生専用の個人記憶を作成し、今後の誕生にはこの専用の誕生用個人記憶を使用する事になった。
 この方式により、膨大な一般記憶はそのままインストールされ、誕生の瞬間から多くの知識を持つが、個人記憶としてはわずかな記憶しか持たない人を誕生させる事になった。この方式は大正解だった。個人記憶がわずかなため、教育によりどのような人材にでも育成する事ができるからである。
 こうして新たに700名が誕生し、第3世代の人類はやっと1000人に達した。
 もちろん、この700人の教育にはほとんど手間がかからなかった。一般記憶をインストールされているので、知識面での教育の必要は全くない。単に自分の置かれている立場や行う仕事、誰の指揮下で働くか等を自覚させるだけで良いからである。
その後、発掘が進むにつれて人口が増える。増えた労働力によってさらに発掘がすすみ、また人口が増えるというサイクルが生まれ、人口は第3世代人類が目覚めてから50年ほどで5000人にまでなった。
 また、その間継続的に行われていた第2都市発掘が7割ほど終わる頃には、第3、第4の有力都市が新たに発見され、並行してそれらの都市への道路建設作業も開始されたのだった。

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