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2050年 サイバネティク狂騒曲 第9回「第4章 バーチャルリアリティの復活」

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

バーチャル世界構想

 1意識1人体制度に移行後も記憶素子の高密度化研究は継続していた。
 以下は記憶素子研究所の研究者の議論である。 

「有機物時代に比べると記憶素子の密度は8桁以上上がった。最新技術を使えば我々の大脳も0.01mm角ぐらいに納めることもできるが、あまり小さすぎると頭が悪そうに見えるので、1cm角まで水増ししている。記憶素子の密度はどこまで上がるのだろう」
「情報の最小単位の1ビットは、量子コンピュータの域はとっくに超え、もうそろそろ素粒子レベルに達し、密度はこれ以上には上がりようがない」
「素粒子は有機物時代の概念だ。物質の最小単位はどんどん小さくなっている。大昔の最小単位は目に見える埃のような物だったのだろう。その後原子となり、素粒子になった。現在では素粒子を構成する粒子も見つかり、その粒子を構成する粒子の話も出ている。どこまで小さくなるのかわからない。1ビットの理論的な最小の大きさは、より小さな粒子が発見される度に小さくなって行く」
「今の密度でも人間の大脳は0.1mm位にできるので、蟻の頭の中に人間の大脳を入れることは可能である。あそこの蟻の群れの中の1匹が人の知能を持ち蟻人になったら、蟻人には何ができるだろうか」
「あの蟻の群れのリーダーにはなれるだろうが、それ以上何もできないだろう。いくら知能が高くても、能力を発揮できる環境がなければ能力は発揮できない。現在の技術でも砂粒1個の大きさで人間の100倍の知能を持つ[脳だけの知的生物]を作ることができるだろうが、砂粒大の超知的生物が1億粒集まった砂山が有っても、ただの砂山と変わりはないだろう」
「大量の物質を一点に集めればブラックホールになり、ブラックホールは目に見えなくても周りに引力を及ぼすが、大量の生命を一点に集め命のブラックホールを作っても、命のブラックホールは外部へ何ら影響を与えない」
「いくら脳の中で情報が高度に処理されても、処理結果を外部に及ぼすための体が無くてはリアル世界では意味がない、ということか。すると我々がいくら記憶素子を高密度化しても、リアル世界ではあまり意味が無い、ということになる」
「逆に、情報だけで完結するバーチャル世界を考えてみると、我々の研究成果そのものが大きなバーチャル世界を作る、という見方もできる。高密度化が限りなく続けば、我々が居るリアル世界をそのままバーチャルで構成することも可能になる。このリアル世界に我々がいて、リアル世界の中に超大容量の巨大コンピュータがあり、その中にリアル世界を模したバーチャル世界がある、ということになる。するとそのバーチャル世界の中にも我々のような超大容量巨大コンピュータの研究者がいて、その中に更なるバーチャル世界を作っているかもしれない。まるで夢の中で夢を見ているような話だ」
「そうするとこのリアル世界の中に2階に当たる第1バーチャル世界があり、第1バーチャル世界の中に3階に当たる第2バーチャル世界がある、ということか。するとリアル世界は1階にあたり、さらにこの1階のこのリアル世界は地下1階の世界の中に有るのかもしれない」
「リアル世界と第1バーチャル世界の時間の関係を考えてみよう。バーチャル世界はリアル世界で作った超大容量巨大コンピュータの中にある。バーチャル世界の時間は巨大コンピュータのクロックで決まる。クロックを速くすればバーチャル世界の動きが速くなる。クロックを止めればバーチャル世界は停止する。この話は当たり前で面白くない」
「面白くするためにはリアル世界にいる人とバーチャル世界にいる人が通話できるようにすれば良い。リアル世界の技術者とバーチャルの技術者が、互いに相手の世界を見ながら時間の実験をする様子を考えてみよう。無論、リアル世界では巨大コンピュータのクロックを調整できるのでバーチャル世界の時間を調整できることになる」
「クロックを変えたら声の音程が変わって通話しにくいだろう」
「それなら、両世界に会話ボタンを付けて、ボタンを押している間だけ通常のクロックに戻る様にすれば良い」
「クロックを上げればバーチャル世界は速く動くので、バーチャル世界の技術者のモニターには動きが遅くなったリアル世界が映る。逆にリアル世界の技術者のモニターには動きが速くなったバーチャル世界が映る」
「クロックをサイン波で変調すれば、モニターには相手の世界が揺れているように映るだろう」
「バーチャル世界ではクロックの最終設定をどのように望むだろうか。速いほうが良いか。遅いほうが良いか」
「速くすればリアル世界より何もかにも速くなり、リアル世界より社会が速く進展するので、速いほうを望むに決まっている」
「私なら極端に遅いことを望む。リアル世界のあちこちにカメラを設置し、バーチャル世界でリアル世界の様子を観察すれば、リアル世界の急速な変化や造山活動なども観察でき、人類の文明も急速に発展し、発展しすぎて滅びる様子も見られるだろう。まるでリアル世界を作った神が、自分が作った世界を見ているような気分になれるだろう」
「ところで、このリアル世界のクロックはどうなっているのだろうか。我々は地下1階の世界とは連絡ができないので確認できないが、たとえどのようにクロックをいじられていてもこの世界では認識できないことだけは確かだ」
「クロックは無く、連続した時間の流れかもしれない」
「時間には最小単位は無い、ということか。最小単位が無限に小さい、というのも不自然だ」
「とにかく、その時間の上に成り立っているこの世界にいる我々には何も認識できないことだけは確かだ」

 このような議論を経てバーチャル世界の開発が秘密裏に始まった。10の30乗バイトの容量の巨大コンピュータが開発された。人体のサブルーチン化にも成功し、巨大コンピュータの中に100万人が暮らすバーチャル世界が作製され、始動した。
 [記憶素子研究所でバーチャル世界を試作した]とのうわさが政府の上部組織に伝わり、検討委員会が組織され議論された。

「100万人が暮らすバーチャル世界を作製したと聞いたが、厄介なことをしてくれた。大きさは僅か1立方メートルとのことだ。私には想像がつかない」
「人体をサブルーチン化したので100万人が入れたようだが、ぎゅうぎゅう詰めではないか。バーチャルとはいえ倫理上問題だ」
「容量が巨大なのでぎゅうぎゅう詰めではない。規模は小さいが、我々が住むリアル世界と同様な世界だということだ」
「するとその世界の中で文明や技術が進化する、ということか」
「情報だけで済む世界なので、リアル世界である我々の世界よりも効率が良く、我々の世界より速く進化するかもしれない」
「バーチャル世界で技術が急速に進んでも我々の世界に対する脅威は無いのか」
「バーチャル世界との通信を断てば問題ない。通信を断てば完全閉鎖世界になり、中で何が起きても我々の世界には一切関係ない」

 この議論を受け、通信手段は除去され、頑丈な外箱に収納され、研究所の敷地内に放置された。

救援信号

 バーチャル政府に危機対策委員会が組織され、関係者による議論が始まった。

「人体のサブルーチンは我々が存在する主メモリーから区分けされたメモリー部にあり、ここからは操作できない」
「サブルーチンのバグを修正しなければ、我々の体はいつだめになるかわからない。研究所との連絡はできないか」
「我々のバーチャル世界の技術の進展が脅威とのことで、通信手段全てが除去されてしまった。外部の世界には一切何も繋がっていないのでどうにもならない」
「一切繋がっていないといったが、我々の宇宙である巨大コンピュータに電力を供給する電源ケーブルだけはリアル世界に繋がっているはずだ。電源ケーブルをアンテナにして救助信号を発信できないだろうか」
「電源ケーブルに流れる電流を変調できれば電源ケーブルから電波を飛ばすことはできるが、我々はハードウエアには手出しができないので、電流を変調できない」
「我々の宇宙であるこの巨大コンピュータの中のソフトウエアならいくらでも扱えるので、大規模な数値計算ソフトを作り実行すれば、メモリー動作率が上がり使用電流が増える。数値計算の速度を変調すれば良いのでは」
「その方法では電流の変化は極わずかで、ほとんど電波は出ないだろう。もっと効率よく変調する必要がある」
「この宇宙である巨大コンピュータのクロックを変調できれば電流を大きく変調できる。しかし、クロック部はハードウエアなので我々には手出しができない」
「この宇宙の基本クロックを変えられないのは確かだが、2階建てのバーチャル世界の考え方を使えば何とかなるかもしれない。このバーチャル世界を大きな世界と小さな世界に分け、小さな世界で宇宙、すなわち巨大コンピュータの基本クロックを分周した第2クロックを作り、大きな世界を第2クロックで動かすのはどうだろうか。分周の度合いを正弦波で変調すれば第2クロックが変調でき、大きな世界の消費電力が大きく変調でき、我々のメッセージを乗せた電波を電源ケーブルから発信できる」
「100万人が住む世界をゆすぶっても中の人に悪影響を与えることはないのか?」
「いくらその世界のクロックが高速に変化しても、そのクロックで動く世界の中ではクロックの動きを認識できないので全く問題ない」

 このような議論の末、メモリーを大きな世界と小さな世界に分け、小さな世界に政府の首脳や技術者など1000人が乗り込み、分周率変調器にメッセージを入力し、残りの100万人近くが住む大きな世界をゆすぶり、電源ケーブルから救援メッセージを発信した。運よく研究所の受信機がこの救援信号を受信し、研究所員により巨大コンピュータに通信器が取り付けられ、2つの世界の間で交信が再開された。
 研究所の技術者により早速バグは修正された。両世界の技術者による通信を介しての検討の結果、今後のソフトの修正を考慮し、サブルーチンが書かれている小さなメモリー部の区分けを解除し、バーチャル世界側で自由に修正可能にした。
 この事件を受けてリアル世界では、バーチャル世界対策委員会を組織し問題を議論した。

「バーチャル世界の技術者の能力はすごい。自分のいる世界のクロックを揺さぶって救援信号を発信した。そのようなことは我々にはとても思いつかない。やはりバーチャル世界の技術の進展は我々の脅威となる。通信を再開したので、通信により何をされるかわからない」
「通信を使って我々のリアル世界の装置を操作されたら問題だが、担当者との通話だけしかできないようにすれば何も問題ないのでは?」
「通話担当者もリアル世界に置かれた装置と見なすことができる。その装置が巧妙な話術で洗脳される可能性がある」
「それなら、音声はなくし映像だけにして、交信はテロップで行えば良い」
「それだけでは甘い。クロックを1億分の1ぐらいに下げた方がよいのでは。1億分の1に下げてもテロップなら交信できる。技術の進展はなくなるし、何よりもバーチャル世界の人間は、我々より頭の回転が1億分の1のうすのろになる」
 この議論により、リアル世界が一方的に映像とテロップだけの通信に決め、クロックも1億分の1に引き下げた。

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