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SFB人類の継続的繁栄 第16章『いれかわりの時』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

第3暦1000年の戸籍問題

地上に移住し、地上に定住する人口が増加してきた。また地上と宇宙の行き来には安価なデータ送信だけで済むため、宇宙で生活しながら時々地上旅行を楽しむ人も多く、また宇宙に住む人にとって、旅行先は実質的に地上だけなので、地上の観光施設の開発が進むに連れ観光客が急増し、次第に地上は活気を帯びてきた。
また、新人類に移行したことにより、自由に体を乗り換えられる便利さや楽しさと、性別を設けたことによる充実感から、生活に活気が増してきた。
また地震も収束に向かい、地上から沢山のカーボンが採取できるようになり、人口増産計画も大幅に修正された。第3暦1000年には宇宙人口2億人、地上人口5億人に達した。

体の乗換えができるようになったこと、性別を作ったことにより、人と人との関係も複雑化し、はじめは厳格に設けられた戸籍制度も、実情に合わせて変更された。
特に大きな変更は、性別の設定と結婚制度の復活に起因している。性別を設けることにより、期待通り多くの男女がカップルになったが、体を自由に乗り換えられる便利さから、結婚したカップルの中で、体を交換する、すなわち男女が入れ替わるカップルも増えた。どちらが男であっても女であっても男女カップルには違いがないので、このことは容認され、戸籍欄から男女の欄が削除された。
第1世代の末期に急増したような同性カップルは現れなかった。第1世代では男性脳と女性脳とが存在し、それと逆の体を持つ場合があったが、第3世代の脳には男性脳、女性脳の区別を設けなかった。そのかわりに異性脳を設けた。これは異性に魅力を感じる脳にすることにより、男性あるいは女性の体を使用すると、自動的に使用する体と別の性に興味を引くようにしたためである。この方式は大正解であり、同性カップルは理論上もありえなかった。

カップルが同時に性を入れ替えることも、単身者が別の性を持つ体に乗り換えることも自由にできた。したがってはじめから、男性、女性と決め付ける事自体に意味がなかった。
性を乗り換えることによる問題は、次の1点を残し何もなかった。
原則として体を乗り換える場合は、記憶は無論だが、顔と声も引き継ぐように制度化されていた。これは体を乗り換えた場合、顔と声が違っては本人も違和感を覚えるだろうし、知人がその人と特定することが困難になるからである。
したがって、体を乗り換えても顔と声とは元通りにする制度となっていたが、別の性の体に乗り換える場合には不都合が生じた。女が男の体に乗り換えた場合、男なのに女顔や女声になってしまうからである。
性を超えて体を乗り換える場合、顔や声をその性に合わせて変更することは、技術的には容易である。しかし、特に声に関しては、性に合わせて変更すると元の声からかけ離れてしまい、誰だか認識することができなくなる。しかしそれでも性を超えて体を乗り換える人も多くいた。このような場合、多くはマイナーチェンジ制度を利用し、専門の医院で顔や声を変更していた。
 このような現実を踏まえ、乗り換え時のルールを変更し、異なる性の体に乗り換えた場合には、その性に合わせて顔も声も自動修正することになった。性に合わせて顔や声も修正すると、周りの人がその人を誰だか認識するのが難しくなるが、別の性の体に乗り換えることは日常生活ではあまりなく、人生をやり直そうと生活の場を変えるときや、旅行先で別の性を味わおうとする場合などで、いずれにせよそこに知人がいることは少なく、最初から問題視する必要は無かった。 
 体を乗り換える時の性の問題をこのように修正した結果、体を交換する男女カップルが増え、毎月のように体を交換するカップルもあったが、このようなカップルが近隣にいても周囲の人はそれに慣れてしまい、「隣の夫婦はまた体を交換した」との世間話になるぐらいで、特段大きな問題ではなかった。

宇宙の役割とその魅力

宇宙からの観光は地球観光が定番化し、地上でのスポーツが盛んになり、さらに性別を設けたことにより、充実した社会に変貌してゆく中、宇宙での単純な生活と、地上での活発な生活との差は益々拡大し、宇宙政府の下位機関として設けられた地上政府が力を増し、力関係が再度逆転してきた
地上政府は開拓領域を拡大し、環境の整備、特に植林が盛んに行われ、自然災害に備えた強固な堤防等の土木工事も盛んに行われた。また、一時期宇宙に展開された半導体製造業のような付加価値の高い製造業も続々と地上に戻り、その結果エネルギー不足の問題が浮上した。
これに対し宇宙では人工が減少し、ソーラーパネルにより大量に発電された電力が余ってしまい、余った電力を地上に送電する計画が浮上した。
宇宙から地上に送電することは技術的には簡単であり、宇宙居住区にあるカーボン変成機により、電気抵抗のほとんどない送電ケーブルを製造し、地上の受電機に接続するだけでよく、宇宙居住区は地上に電力を供給するための発電基地としての位置付けに換わりつつあった。

地上の人口が増え、各種産業が活発化するにつれ、地上の電力事情は悪化し、この対策として火力発電を新規に建造することも検討されたが、宇宙からの送電のほうが合理的で、宇宙居住区にはソーラーパネルが増設され、宇宙の住民の多くが電力関係の仕事に携わるようになった
こうして宇宙が地上への電力供給基地のみの位置付けが強くなるにつれ、宇宙政府は危機感をもち、電力以外の、宇宙でしかできない産業の育成について検討を始めた。
宇宙の最大の弱みは無重力だが、同時に無重力は最大の強みでもある。無重力では比重の異なる物質でも均一に混ぜることができる。この利点を生かした特殊物製造の先端物性研究所を設立し、多くの製造業の関連する先端研究部門の誘致に成功した。
 これらの先端研究所に勤務するために、宇宙を始めて体験する研究者も多くいた。彼らは無重力という環境を始めて体験し、宇宙に住む不便さと同時に、無重力の面白さも体験した。彼らは研究所の上層部にこのことを話し、「宇宙居住区を無重力体験の場、或いは無重力を利用した特殊スポーツ体験施設を作れば、地上からの観光客が来るのでは」と提案した。この話は宇宙政府にも伝わり、宇宙政府は地上からの来訪者に対し、無重力の魅力に対するアンケート調査を行った。
 宇宙に始めから住んでいる宇宙政府関係者にとって、無重力の魅力に対する意見は新鮮なものだった。宇宙政府は、宇宙を観光資源とするための検討会を組織した。検討会のメンバーには長く地上生活を送っていた関係者も加わった。また地上の観光関係者も招待されメンバーに加わり、観光化の検討が行われた。
 検討の結果、宇宙に浮かぶ巨大な円盤状の居住棟、宇宙エレベーター、巨大な電力施設等、現状の建造物その物も観光資源として活用できることがわかった。しかし何といっても無重力そのものが最大の観光資源である。
無重力を思い切り堪能できるスポーツ施設についての検討が行われた。真っ先に出た案は宇宙遊泳である。宇宙遊泳は宇宙施設の建造作業には付き物であり、特段新たに施設を作る必要はなく、簡単に観光化が可能である。 
 地上から招待された観光関係者の1人が、回転が止まっている円盤状の建造物について質問した。それは第3世代の人類が最初に建造した居住棟だった。この居住棟は、設備が旧式で、現在は使用されていなかった。この居住棟の図面を基に、スポーツ施設としての可能性を検討した。
回転が止まっているため居住棟内は無重力である。内部は多数の小部屋、中部屋と中心部の大きな空間で構成されていた。メンバーはこの居住棟の実地検査に赴いた。小部屋、中部屋は、内部の設備を撤去すれば、全ての部屋が何もない部屋として利用することができる。安全のため、床や壁にクッション処理を施せば、そのまま無重力ルームとして活用可能である。また回転駆動設備が置かれている中央部の大きな空間は、設備を外せば大型の競技施設として、たとえば無重力サッカーなど、無重力を利用した新たな3次元スポーツ用施設として利用できることがわかり、簡単な改装工事により、この古い居住棟全体が、無重力の体験や無重力スポーツ施設として十分に活用できることがわかった。
 このように、現在使用されていない設備が、そのまま観光資源として利用できることがわかり、他にも何か活用できるものがないか探された。
そんな中で面白いものが見つかった。居住棟と居住棟との移動の際に使用されていたバネ式放出機である。遠くの建造物に移動するときには、今では体を乗り換える方法を使用しているのであまり利用されていないが、隣の建造物に行く時などは、今でも一部が使用されている。
バスに乗っての移動ではあまり面白くないので、少し改良し、人だけが数km先の建造物に向けてバネ式放出機で放出されるようにすれば、スリルがあり非常に面白い観光資源として活用できそうである。
 ロケットエンジンつきの大型の船もある。これは大型機材を運ぶために今も時々使用されているが、宇宙を遊覧する観光船としてはうってつけである。また、宇宙エレベーター基地は、床に磁性処理を施しマグネット靴を履いてプラットホーム上を歩くように出来ているので、これも面白い体験施設として利用できそうである。
 既存の建物や設備その物が観光資源であり、また、使用されていない建物や設備を少し改造することにより、新たな観光資源となる。宇宙居住区でさえも、地上の人を観光に招く観光資源の山である。宇宙の建造物や設備は、僅かな費用で大きな観光資源として活用できるという気付きは大きなものだった。早速、観光地へ向けての整備が進められることになった。

地上と宇宙の微妙な関係

 地上から招待された観光関係者は「宇宙が地上で暮らす人の観光地として十分に活用できることがわかったが、我々、地上の観光関係者としては、それだけでは面白くない。宇宙と地上と共同で行う観光資源は何かないか」と質問をした。それを聞いた技術者は「宇宙と地上とをつなぐ観光資源なら、何といっても宇宙からのダイビングだ、ただし、そのままダイビングを行なうと、大気圏突入時に燃えてしまう。燃えないような超特殊な人体を作った場合でも、行きはデータで行き、帰りはダイビングにより体で帰ってくる。するとダイビング時に使った超特殊な人体が地上に溜まってしまう」と笑いながら答えた。
宇宙観光化計画は着々と進行し、オープンの日がやってきた。予想通り地上からは大勢の観光客が訪れ、無重力の世界を堪能した。リピーターも増加し、観光化計画は成功した。
 しかしながら地上から宇宙への移住する人はあまりいなかった。結局、観光産業という1つの産業は加わったが、宇宙は地上への電力基地、観光地、無重力を利用する研究施設だけの位置付けになり、ほとんどの人は地上を生活の場としていた。 

 一方、地上政府にも不安があった。第1、第2世代の人類の食料にあたる電力を、ほとんど宇宙に依存していることへの危惧である。
事故により送電が停止することも大きな危惧だが、宇宙政府との関係においても危惧がある。万一宇宙政府と地上政府との間に争いが生じた場合、宇宙政府に送電を止められてしまえば地上はすぐに活動を停止してしまう。逆に地上政府が資源の供給を絶っても、宇宙にも物資が大量に流通しているので、すぐに大きな問題とはならない。地上は繁栄しているものの、電力という生命線を宇宙政府に握られている状態である。
この状態を解消しようと、地上政府は質量電池の研究に力を入れた。第2世代の人類の末期には質量電池が実用化されていた。主に小惑星の衝突点の近郊の都市で質量電池は製造されていた。地震が収束してきたので、この都市の発掘作業も試みたが、やはり衝突の影響は大きく、工場はほとんど消滅していた。他の都市から発掘した文献を基に開発を試みたが、遅々として成果は上がらなかった。
 質量電池の研究を継続する一方、急ピッチで火力発電の建造が進められた。燃料としてカーボンを使用する火力発電である。カーボンは人体を作るうえでも、強固な建造物や、宇宙基地と地上のアンカーをつなぎ、宇宙の建造物を地球につなぎとめるためのワイヤを製造する上でも貴重な資源である。その貴重な資源を発電用燃料として使用することに対し、宇宙政府は猛烈に反対した。エネルギーは宇宙から潤沢に送電されている。それなのになぜ貴重なカーボンを燃料として無駄遣いするのだと、地上政府に火力発電の建造を中止するように警告した。
この険悪な状態を回避するために、地上政府と宇宙政府の間での話し合いが行われた。地上政府としても、この話し合いに丁寧に応じなければならない。万一話しがこじれて送電が停止されたらそれまでだ。宇宙政府も無論そのような暴挙にでるつもりはなく、両政府間の力関係を改善したいだけだった。
 現在は、圧倒的に地上人口が多く、宇宙と地上との繁栄振りは比べようもないが、もともと宇宙に移住し、宇宙を生活の場にしようと考えたのは、巨大地震により地上での生活が危険だったからである。そのために宇宙を開拓し、宇宙に政府や重要な産業を移したのであり、体を乗り換えられる新人類に移行したのも宇宙政府が行ったことである。地上政府はこれらの背景を忘れて、地上の繁栄を理由に宇宙政府を侮りすぎていた。もともと地上政府は宇宙政府の下部機関だった。 
話し合いの結果、地上政府も非を認め、平和裏にこの問題は解決した。宇宙政府を本政府として地上政府はその下部機関とする本来の状態を確認し、今後は両政府の交流を頻繁に行うことにした。
火力発電の建造は中止され、その代わり送電事故が発生しないように、宇宙から地上への送電網の強化を行い、また宇宙での発電や送電に関して、地上政府から技術者や担当官僚を宇宙政府に出向させることで合意した

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