この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
思わぬリスク
3番艦を失い、9隻となった宇宙船団は、目的の天体を目指し航行を続け、旧地球からおよそ140光年離れた第6太陽系内に到達した。予定通り巨大惑星の衛星の孫惑星軌道に入り、移住先の衛星の観察を行った。
この衛星の主なスペックは次の様だった。
- 地球より少し小さく、質量は地球の50%程度。
- 自転はなく、惑星に常に対向する表の半球と裏の半球がある。
- 公転周期は2400時間
- 大気の密度は地球の1%程度
- 表面は硬く、安定している。
ほぼ予測した通りだったが、大気については予測よりずっと薄く、ほぼ真空状態だった。
小惑星の衝突のリスクに関しては巨大惑星の衛星のため非常に小さく、孫衛星軌道からの精密観測でもそれらしい跡は見られなかった。ただし小隕石については別である。小惑星と同様に、隕石もほとんどが巨大惑星にひきつけられるが、一部は衛星に落下すると思われる。濃い気体があれば、気体との摩擦により星面に落下する前にほとんど燃え尽きるが、真空だとそのまま落下する。詳細に観察すると隕石の落下の跡が多数観察された。
真空だと音の問題もある。地球で暮らしいたので音声による会話をしていたが、この天体では音声による会話が不可能である。
真空による、この2点の問題について議論を行なった。
「ほぼ真空というのは意外だった。しかし次の候補地までは150年もかかる。次の候補地でも問題がないという保証はない」
「会話については問題ない。現に我々は耳に音声変換装置を取り付けて真空中で会話している。現有する人体は我々が今使用している90体だけだ。今後作る人体には初めから真空中で会話できるように〔音声変換装置〕のようなものを内蔵すれば良い」
「始めから電波で会話するようにすれば良い。声帯の変わりに送信機能を、鼓膜の替わりに受信機能を持たせるだけで良い。問題は隕石だ」
「隕石といっても地球の隕石とはまるで異なる。地球で隕石といえば、ほとんど燃え尽きた後の小さなものだが、この衛星に落下する隕石は巨大なものもある。詳細な観察結果から、数箇所だが10mを超える衝突跡もある。10cm程度のものなら無数にある」
「1mm程度の隕石でも人体を直撃すれば人体は完全に破壊する。1mm以下でも問題だ。仮に隕石の大きさが1/10になると数量が10倍になるような反比例が成り立つと、0.1mm程度のものはシャワーのように降ってくる。とても人は暮らせない」
「真空に近いといっても地球の1%程度の薄い大気がある。初めから1cm以下のものなら燃え尽きてしまうだろう」
「宇宙線も地球とは桁違いだろうが、これについては脳を十分にシールドすれば対策できる。隕石については着陸して調べる必要がある」
惑星と対面している表半球側に4番艦が着陸し調査を行った。地面は硬く、隕石の衝突跡が散見された。大気が非常に薄く風化はあまりしてしないので、いつ衝突した跡かはっきりしなかった。この為、現在どのぐらい隕石が落下しているか知るために、隕石の衝突音を観測する事にした。この星の表面は硬いので相当に遠い場所に落下しても衝突音が検出できるはずである。
先ず、隕石に見立てた弾を宇宙船から秒速10kmで星面に衝突させて、3箇所に設置した振動計で衝突波を測定した。比重は5とし、種々の大きさの弾を多数衝突させ、衝突波データを蓄積した。
次に48時間かけて実際の隕石衝突の衝突波を測定し、蓄積した衝突波データと照合し検討した。
石英星
これならば星面上で生活する事は可能である。
軌道で待機していた8隻の宇宙船も表半球側に次々と着陸した。3号艦の事故により大半のカーボンを失ったが、6号艦にも少量のカーボンが搭載されていた。その貴重なカーボンは当然、人体作りに使用し、宇宙船の中で1010体の人体を製造した。
先ず、記憶だけになってこの天体に到着した3号艦の10人の記憶を10体の電子脳に書き込み目覚めさせた。次に電子脳だけで到着した中野大統領を含めた1000名が目覚め、この星で活動できる人間は1100名となった。
400年ぶりに目覚めた中野大統領に、400年間の出来事が報告された。3号艦と搭載していた大量のカーボンは失ったが、10万名が無事この星に移住できたことに対し、大統領は100名の隊員に感謝と慰労の言葉をかけた。
先ずこの星からカーボンを探す必要がある。6号艦にわずかに残ったカーボンから50個の強靭なヘルメットを製造した。このヘルメットを被っていれば、3ミリ程の隕石の直撃を受けた場合でも、電子脳だけは助かるはずである。
50名の探査隊員がヘルメットを被り、カーボン探査機を搭載した5台の車両に乗ってカーボン鉱山の探査を行った。
100km四方では極少量のカーボンが見つかったがカーボン鉱山は見つからなかった。探査範囲を300km四方に拡大したがカーボン鉱山は見つからなかった。この星の表面は石英だらけである。
6号艦のカーボンが搭載されていたスペースに簡単な会議室を作り、大統領を中心とした関係者30人が集まり対策会議を行った。
「この星の表面は石英だらけで地球とは全く異なる。カーボンがほとんどない」
「しかしここを第6太陽系の拠点にするしかない。この星を石英星と名付けよう」
「シリコンをカーボン代わりに使用できないだろうか。つまりカーボン変成機をシリコン変成機として利用できないかということなのだが」
「カーボンとシリコンとはまるで異なる。しかしカーボン変成機を改造すれば、石英から強化ガラス板を作るぐらいはできるだろう。今は皆、宇宙船の下で寝ている。強力なガラス板をたくさん作れば頑丈な屋根の住居を作ることができる。5cm程度の隕石の衝撃にも耐えられるだろう」
「やれることをやるべきだ。早速、作ることにしよう。別件だが1日は何時間にするのだ。この星、石英星は自転していない」
「地球に合わせて1日は24時間としよう。公転周期は200日だか、季節はあまり関係ないので地球に合わせて1年は365日にしよう」
早速カーボン変成機を改造して、大量の石英から大量のガラス板を製造し、2000人を収容できるガラスの居住棟の建築に着手した。
着陸後45日頃から急に隕石落下が多くなり、5日後に元の状態に戻った。この5日間は建設を中断し宇宙船の下に隠れて過ごした。この現象は1公転ごとに繰り返すことがわかり、星面上での居住はあきらめ、カーボン鉱山を探査中に見つけた大きな洞窟に移り、洞窟内を整備して、宇宙船から運んできた各種装置を搬入した。
宇宙船の内装を外し、洞窟に持ち込み、カーボン変成機で3900体の人体を作り、電子脳の状態でこの星に移住してきた3900人を目覚めさせた。目覚めた人の大半が、また洞窟の中と知りがっかりしていた。
この星の人口は5000人になった。ガラスの住居作りを再開した。シリコン用に改造されたカーボン変成機により大量のガラス板を製造し、隕石対策が施された1万人が住む事のできる居住施設が完成した。5000人全員が洞窟から完成したての居住施設に移ったが、作業場はまだ洞窟の中である。改造したカーボン変成機をフルに稼動し、大量のガラス板を製造し、頑丈な作業施設を製造し、洞窟から設備を作業施設に移動し、やっと洞窟から開放された。
シリコン人体
わずかに採れるカーボンと、宇宙船の内装から外したカーボン材から1万5千体の人体を製造し、頭部に電子脳を組み込み、1万5千人を目覚めさせ、居住施設や作業施設の建設作業に投入し、2万人が活動できるガラス製の基地が完成した。
カーボン変性機を、シリコンから色々な特性の構造材に変成できる本格的なシリコン変成機に改造し、豊富に入手できるシリコンから様々な機械を作ることができるようになった。
2万人が活動する基地から少し離れた小山の頂上に天文台を建造し、200日に5日間だけ発生する、隕石が多量に落下する不思議な現象についての本格的な調査が始まった。
天文台による調査を待つまでもなく、隕石が多量に落下する5日間の、第6太陽と巨大惑星とこの衛星との位置関係がわかり、そのメカニズムは次のように判明した。
- 隕石のほとんどは第6太陽系外から第6太陽の引力に引き寄せられ飛来する。
- 通常は巨大惑星と対向する表半球側にはほとんど落下しない。
- 未確認だが裏半球側には多くの隕石が落下する。
- 問題の5日間は、第6太陽と対向する巨大惑星の側面を、隕石が接するように通過する時、惑星の引力により軌道が曲がり、惑星の対向面である表半球側にも落下する。
望遠鏡による隕石軌道の詳しい観測により、このメカニズムが正しいことが確認され、関連技術者による議論が始まった。
「メカニズムが解明された。裏面側には多くの隕石が落下するようだ。裏面側では沢山の鉱物が採取できるはずだ。カーボンもあるだろう」
「今までは大きな隕石による事故はなかったが、問題の5日間に大きな隕石が落下するのは時間の問題だ。対策は絶対必要だ。何か良い案はないだろうか」
「隕石の監視システムを構築し、迎撃するしか方法はない」
「秒速10kmで落下する隕石を迎撃するのは難しい。この衛星の反対側に防衛衛星を打ち上げ、隕石検出望遠鏡と超小型の追尾ロケットを配備し、隕石を検出したら追尾して、衛星の近くで活性爆弾を爆発させ、軌道を変える方法はどうだろう」
「秒速10kmまで短時間で加速するのは、超小型ロケットでも難しい」
「頑丈な超小型ロケットを砲弾として作り、秒速10kmで発射する方法はどうか」
「何れにせよ現状の技術では作る事はできない。軌道計算用の超高性能コンピュータや色々な装置を開発する必要がある。現状の2万人ではどうにもならない。人口を増加させることが先決だ」
「人口を増加しようにも肝心の人体を作るためのカーボンがない。シリコン変成機の能力がずいぶん向上したようだが、シリコンで人体はできないか」
「神経などの繊細な部分はシリコンでは無理だが、構造部分ならシリコンでもできるだろう。体の大半をシリコンで作れば、カーボンは少量あれば良い」
人体の大半をシリコンで作ることについて中野大統領の承認を得て、シリコン製の人体が製造され、8万人が目覚め、地球の洞窟で暮らしていた仲間10万人全員が揃った。
10万人が全員そろい、この星に定住するために必要な隕石防御システムの開発に向けて、本格的なプロジェクトを開始した。