この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
核心遺伝子の最終固定
核心遺伝子の研究は徐々に進み、第2暦5000年頃には、体だけでなく、性格や感情といった部分まで多少の制御ができるようになった。無論知的能力を高める研究、この研究は例えば脳細胞を2倍にするなどの極単純な技術だが、人類の破滅につながるので厳禁されていた。それでも時々、極端な創造力をもつ人が突発的に出現する事があり、これを阻止する研究は容認されていた。
これらの研究により、極端な性格やずば抜けた創造力をもつ人の誕生はなくなり、人類の継続的繁栄に向けてゆっくりだが着実に進歩をとげていた。またLGBT(+)に対する核心遺伝子の研究も成果をあげ、第1暦の末期には70%程度にまで減少した男女カップルの比率は99.9%以上にまで矯正されることとなった。
無論、能力は大きく均一化されたとはいえ、個性はそれなりに残り、権力を求める人、心の強い人、芸術に大きな才能を持つ人など、多様な性格や能力を持つ人が適正な割合で存在する、バランスのとれた社会となっていた。その中でも、知的能力が高く権力欲の強い人の一部が国際政府の要職を占めていた。
国際政府の中でも最大の国際機関は、新誕生システム関連の機関である。新誕生システム運用の開始から5000年、すなわち第2暦5000年が経った現在、人類の継続的繁栄のためのシステム運用は極めて順調であり、核心遺伝子に起因する事故はほとんどなくなり、非常に安定したシステムとなっていた。
人類の継続的繁栄のための核心とされていた、新誕生システムがここまで安定したことによって、この事柄が新たな、そして最終的な議題に挙がるのは必然であった。すなわち、新誕生システムのアップデートを止めるという決断である。
人類の継続的繁栄には欠かせない技術である一方で、人類を脅かす可能性のある最大の危険技術でもあるこのシステムを、今後どうするかという議論は、この節目の年が近づくに従って大きなものになる。そして、国際政府内の担当部会での意見交換の中では、これ以上改良する必要はなく、「この研究そのものを禁止し、関連資料を廃棄すべきだ」との意見が多数派となっていた。
これに対し、少数だが次のような意見も出た。
「このシステムの技術をこのまま凍結すれば、当然人類の遺伝子が進化する事はない。また重要技術の多くが危険技術として禁止されているので、技術面の進展も期待できない。これに対し人間以外の霊長類は進化している。やがて人類を凌ぐ霊長類が現れ、人類が駆逐される危険がある」
これに対し多数派の反論は次のようなものだ。
「そのような兆しが見えたらその猿を全滅させれば良い」
「たとえ人類を凌ぐ知能の猿が突然出現しても、すぐに人類の文明を追い越す事はない。文明の進展には長い時間が必要なので、その前に対処すれば良い」
「極短時間に突然進化する事があり、突然人類よりずっと知能の高い猿が出現する可能性があるかもしれないが、そのような事態より、小惑星の衝突により滅びる可能性のほうが高い。小惑星や巨大な隕石の衝突は時間の問題であり、神のみぞ知るところだ。たとえそれにより地球が消滅しても、宇宙の中の小さなでき事だ」
以上のような多数派の声が多く聞かれる中で、この議論は終了した。
結論として、これ以上の核心遺伝子の研究は中止し、これまでの文献は全て廃棄し、核心遺伝子を固定することが世界政府で正式に決定された。このような重大な決定にも係らず、すでに反骨心や想像力などが大きく減退していた世界中の人々は、この決定をあまり抵抗なく受け入れた。
こうして最終的に核心遺伝子は固定され、闘争心も権力欲も向上意欲も大幅に減退し、人類の技術の進歩はさらに減速していくこととなった。
外観遺伝子の大幅規制緩和事件
核心遺伝子は最終固定されたが、逆に外観を決める遺伝子の規制は大幅に緩和され、運用当初1万ポイントが外観整形等の上限だったが、第2暦6000年、1万ポイントから3万ポイントに引き上げられ、両親の特徴をほとんど残さない顔立ちの子供を誕生させる事ができるようになった。
服の流行と同様に、その時代時代により顔立ちの好みにも流行り廃りがあったが、核心遺伝子により、人間の顔立ちから大きく逸脱する事はなかった。
顔立ちの好みの点は白人系、黒人系、東南アジア系などの人種の特徴面にまで及び、例えば両親が白人系なのに黒人系の顔立ちを選ぶ場合もあった。人種を超えた顔立ちにする事は、あまりポイントのかからない簡単な事だった。なぜなら現に人種による顔立ちの特徴が存在し、それに関係する、いわば準核心遺伝子をそのようにするだけで済むからである。
子供が自分の特徴をほとんど残さないと、自分の腹を痛めて出産する母親には自分の子供の実感があるのであまり問題とならなかったが、父親はその実感がないため、自分の子供としての認識が薄れ、父親による虐待事件が頻発した。そのため顔立ちを大きく左右する遺伝子は、準核心遺伝子として操作が制限され、準核心遺伝子の操作は1万ポイントに抑えられ、その他の顔立ちに大きく影響を与えない遺伝子については2万ポイントが与えられた。
また次のような、あざに関する深刻な事件が発生した。
あざに関連する遺伝子を操作して、あざによるタトゥーを入れる事が一時期流行した。ただ、これは微妙な操作のため、腕に入れようとしたタトゥーが、肩に入ったりするトラブルも頻発した。
あるとき、最悪な悲劇的事件が発生した。首の両横に水玉模様が入った子供を作ろうと遺伝子を設計したところ、目を囲むように水玉あざができ、パンダのような顔立ちになってしまったのである。そしてその結末は悲劇であった。日常生活でいじめに合った子供が、最終的に両親を恨んで殺害し、その後自殺するという無理心中事件が発生したのである。
この事件により、あざを使ったタトゥー技術は産院により自主規制された。また子供をこのような親の遊びや自己満足の対象とする行為は不道徳だと、非難の的にされた。
この事件の影響もあり、新誕生システム運用により大幅に減少した宗教による縛り、規制が復活し、新たな倫理観、世界観を表明する新興宗教が多数誕生することとなった。これらの新興宗教の中には、いわば宗教核心遺伝子を設け、その内容を指定する宗教も現れ、その宗教に入信した両親から生まれた子供は、その指導者の容貌に似せるといった画一的かつ独特の顔立ちになり問題となった。また宗教とは別に人種を固定する団体、白人至上主義団体、黒人至上主義団体などが現れ、人種間のトラブルも発生することとなる。
このように新誕生システムによる細かなトラブルはいつの時代にも発生したが、結局は大きな事件の発生には至らず、マクロな視点から見れば新誕生システムのアップデートが終了後も既存のシステムは安定的に運用され続けた。