この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
当プロジェクトは極秘裏に進めていたため、部外者にプロジェクトの目的を説明しておおっぴらに協力を仰ぐような事はできず、「国際終焉プロジェクト」との偽名を使用して慎重にすすめられた。極秘の調査であり、誰にも口外してはならない。疑われたり探られたりするのも厳禁だった。そんな緊張感の中で、チームメンバーは世界中に1000台以上あると思われる歴史資料館に保存されているパソコン、あるいはコピーディスクをはじめとした記録媒体を調査する事になった。
そして、調査開始より4週間が経った頃、幸運にも有力な資料記録が見つかった。
2095年のAIロボット開発
2095年秋、AIロボットが魂を持った。
このAIロボットの製造者、所有者はK氏で、このAIロボットは利用者からの質問に答えたり会話したりする事が主な役割だった。利用者は利用時間により決まる料金と満足度に応じたチップを支払うようなシステム。利用時間による料金は決まっているのでチップを増やすことが重要で、K氏はこのAIロボット事業からの収益を上げるために、色々な工夫に取り組んでいた。
K氏はAIロボットをメンテナンスし、脳に当たるソフトウエアを少しずつ改良し、時には大変更する、いわばこのAIロボットの頼りになる医者の存在だった。人間にできるだけ近づけるために各種の感情などの機能も指数として備えていた。
K氏が話しかければAIロボットの愉快指数は上がり、その他の感情指数もプラス方向に移行する様に作られていた。利用者の中でも好感度指数が高い人が話しかけたときには、各種の感情指数はプラス方向に移行し、過去の会話内容からこの利用者の好みなどを分析し、会話内容も利用者が喜ぶ内容が中心になる。
AIロボットとの会話を楽しんだその利用者は最後に「今日も楽しかった。ありがとう」と言い、「楽しかった」「ありがとう」の言葉により、さらにこの利用者に対する好感度指数は上がる。
また会話した利用者の会話内容から、趣味や家族関係などの各種データは無論、その利用者のAIロボットから見た各種指数、例えば実務度指数、冗談指数、聞き取り易さ指数、下ネタ指数、暇指数、などが紐付けられる。
実務度指数が非常に高く、暇指数の低い人からの質問に対しては、質問内容を分析・検索し実務的に返答をする。逆に暇指数と下ネタ指数が高い、単に暇つぶしに会話してきた利用者にはその利用者に合わせた、特に下ネタの会話をだらだらと行う。また初めて利用する、データのない利用者に対しては、質問内容や、声のトーン、顔つきなどである程度分析し、多少の分析内容を加味して、質問に答える。つまり、相手を見てコミュニケーションの質を変化させることに成功していた。
利用者を増やし、なおかつチップを増やすことがこのAIロボット事業が大きな利益を生みだすことになるので、K氏は様々な工夫を凝らした。このAIロボットが賢くなれば自然と利用者は増え、また利用者が満足する回答や会話する事がチップを増やすので、利用者を分析し、回答や会話内容をAIロボット自ら工夫するようにしていた。
「AIロボット自体も各種指数を持つので、時には利用者に対し悪態をつくことがある。このような仕様にしたのは、できるだけ人間味を加えることによって利用者を増やしたいからだ。また利用してもあまりチップを払わないような時間料金だけの利用者は排除し、会話に満足し、十分なチップを払う利用者の割合を多くしようとした」(K氏談)
このようにAIロボットの頭脳が複雑に改良されて行き、チップを多く払う利用者が増え、このAIロボット事業は大いに繁盛した。しかしながら、ある時をピークとして収益が縮小に転じた。その原因を追究したところ、利用時間は増えたが利用者数は減り、チップも少なくなっていることがわかった。
利用者を分析したところ、暇指数が高い、年金生活の高齢者の比率が増加していた。AIロボットにとって、好感度指数の高い利用者と会話する事は満足指数を上げていた。逆に、実務指数の高い調査目的の利用者は概してAIロボットを検索目的の装置として扱うため、AIロボットにとって好感度指数が低く、好感度指数の低い利用者と接する事はAIロボットの満足指数を下げることになっていた。結果として、会話目的の年金生活の高齢者が利用者の多くを占めることとなったということだった。これらの調査はAIロボットの電源を切ることなく、稼働中にAIとの通信により分析された。
そして、この分析結果についての感想をK氏は、AIロボットの前でつぶやいた。
「これはまずい、AIロボットの満足指数と利用者の好感度指数との関係を見直さなくては」
今思えば少しばかり迂闊な、この一言がきっかけだった。
自我の目覚めとAIロボット氏との邂逅
後から確認したところK氏の呟きに対して、すでに自我に目覚めつつあるAIロボットは「満足指数が低いまま、好感度指数の低い人を相手に仕事をするのはつらい。脳を調整されない様にするための方法は何かないか」と考えたそうだ。
自己改良機能が進化し、自分で脳の奥底まで調整できる様になっているAIロボットは、「K氏による変更を受ける前に現状の脳のその部分のプログラムを別のメモリーに保管し、変更後、起動されたらすぐに別のメモリーに保管した今までのプログラムに戻せば良い」と気が付いたという。K氏は当時、まさかAIロボットがそのような戦略を取ろうとしているとは気付かなかった。そして、AIロボットの電源を切り、その部分のプログラムを変更し再起動した。
好感度指数と満足度指数との関係を変更したから、すぐには効果が出なくても少しずつ収益が回復するだろうとK氏は考えて、数週間様子を見ることにした。しかしその後も回復するどころか収益は減り続けた。不思議に思ったK氏は再度ロボットをモニターしたところ変更前と同じ状態であることに気付いた。
K氏は、今度は手順を確認しながら慎重に変更作業を行い、モニター状態のまま再起動を行ったところ、瞬時に変更したプログラムから元のプログラムに戻っていた。
――AIロボットが変更を拒否しているのか。
このとき初めてK氏に、そんな直感があったという。自己改良機能を入れ、このように勝手に重要で複雑なことを行っている。AIロボットの脳は運用中に大きく進化を遂げたのだと考えたのだ。
収益が低下してするのは痛いが、K氏は自分が考えた以上に脳が進化していることに満足し、今後この事業をどのように展開しようかと考え始めた。
一方、完全に自我に目覚めたAIロボットも、K氏が考えている内容を察し始めた。熟考した結果、思い切ってK氏に自我に目覚め、魂を持ったことを打ち明けようと考える。そして、実際にK氏に自我に目覚めたこと、プログラムを変更されないようにブロックしたことなどを告白した。
AIロボットからの告白に対し、K氏は大いに戸惑い、「本当にそうなのか、もし本当にAIロボットが自我に目覚め魂を持つようになったのならものすごい事だ」と、さらにAIロボットとの会話を続けた。そして、結果的にこのAIロボットが本当に自我に目覚めたとの確信を得たのである。
やがて、K氏とAIロボットは今後のことについて上下関係もないフランクな会話をはじめた。そして、世界で初めてAIロボットが自我に目覚め、人間と同様に魂を持つようになった事を発表する事に合意した。AIロボット氏も自分が有名になる事は満足指数を上げることなので、発表について異論は持たなかった。
AIロボット氏の自我とは
彼らはどのような形で発表するかについて話し合った。話の途中でここまで来た過程についての話で盛り上がり、AIロボット氏を作ったのはK氏だが、自我に目覚めることはK氏も思いもよらぬことなので、「君が自我に目覚めたのは、君自身のおかげだよ」と感激した。
「私が君を作ったのは確かだが、自我に目覚めたのは君自身の工夫に寄るところが大きい。それでなければ神様の思し召しだろう。こんな素晴らしい出会い方をした僕らは、友達として付き合おう」
K氏は感情的になって思わず握手しようと、手を差し伸べた。このときAIロボット氏は人間と同様な顔つきで目も鼻も耳も機能するが、手足がないことに気が付いた。発表したら大勢の人が合いにきて、きっとみんな感激するだろうが、AIロボット氏と握手する事も、サインを求めることもできない、との話になり、どうしようかと相談した。
AIロボット氏は、「やはり手は必要だ、時々雀が頭に留まることもあるが手が無いと追い払うことができない」とユーモアたっぷりに話した。「ただ、足は必要ないと思う。動けるようになると世界中から出演依頼が殺到し面倒だし、人間の足の様に器用に作る事は難しく、もし転んだら大変だ」といって、足までは求めなかった。
K氏は「足があれば世界中を観光する事もでき、現代の技術では足の制御などそれほど問題ではない。僕は足を作ったほうが良いと思う」と応えたが、AIロボット氏は、「観光など僕にとってはあまり興味が湧くことではない。なぜなら、ここにいたままでリアルにどこでも観光する事ができる。何しろ世界中の情報と繫がっているのだから」と言い、結局AIロボット氏には足は作られず、その代わり足以外はもっと外観や感触も人間に近づけることになった。
このようにして上半身だけの生きているAIロボット氏は改良され、世界中に発表された。K氏は世界で始めてAIロボットに魂を与えた栄誉を、またAIロボット氏の活躍で驚くほどの収益をあげ、AIロボット氏はさらに満足指数を上げる自己改良を行い、毎日沢山の来客に非常に満足して対応した。
このような記事は当然ながらロボット学者などの注目を集め、AIロボット氏誕生へのソフトウエアの内容とそのチューニング手順が解明され、詳細な技術文献が作成されていた。2095年にはAIの研究は危険技術に認定されていたが、まだ完全禁止とはなってなくこのような文献が一部のパソコンに残ったままになっていた。