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新たな理解を獲得する方法とは

 人の理解は、自分の体調や感情によっても変わります。
 私がソニーに入社して数年した頃、当時社長だった盛田昭夫社長の自宅に招かれ、夕食まで頂く機会がありました。そのときは少し浮かれて、「盛田家のディナーはどんな豪勢なものなのだろう」と胸を高ぶらせましたが、実際にはごく庶民的な晩ごはんでした。ただ、それは考えてみれば当たり前のことです。どんなに豪華な御馳走も、連日続いたら飽きてしまうでしょう。
 それは御馳走の意味合いは人の気分や状態によって変化するからです。「空腹は最高のスパイス」というように、人の理解というものはさまざまな要素によって刻々と変わっていきます。御馳走そのものが持つ情報は絶対的なもので変化することはありませんが、情報の価値は相対的な要因で変化するということです。
 情報の価値は、誰かの行動や言葉、目に見える風景といった何気ないことによって変わることがあります。直接的なアドバイスはもちろんですが、ニュートンの林檎の逸話にあるように別の情報と結びついて理解を変化させることもあります。嫌いだったものに対する誤解が解けて、好きになることもありますし、またその逆もあります。そして、このような新たな理解や価値決定がこれまでとは違った思考につながっていきます。
 ここで挙げた「気づき」は、ある意味で受動的な性質を持つものですが、人は能動的に気づくこともできます。それが自らの理解、当たり前を「問い直す」という方法です。「どう理解しているか」や「なぜ、そう判断しているのか」を自らに問いかけることで、自分の情報理解の方法、情報の分け方、分かり方を見直すのです。
 分けるためには何かしらの基準があるはずです。たとえばスーパーマーケットには沢山の商品が置いてありますが、生鮮、乾物、調味料、お惣菜、冷凍食品など商品の項目によって売り場や棚が分かれています。これらはさらに細かな種類によって分けられます。保存方法によって冷蔵庫の有無に分けられ、特売品によって、お客さんの導線によって、仕入れ先や加工部署によって、商品の利用方法によってなど、何かしらの基準によって分けられています。これと同じように、私たちは頭の中で情報を同じように何かの基準で分けています。このような分け方を見直すことで、情報理解の方法を見直すことができます。
 すると、自分の中で情報をどのように分けているか自覚的になっていきます。一番目立つ棚に整然と並べている情報、片隅の棚になんとなくまとめている情報、未整理のまま倉庫にしまっている情報といった具合に、自分が理解していること、知っていても理解できていないことが明確になっていきます。
 そして、棚に並べている情報を見直すうちに、これまでと違った情報の並べ方を発見したり、いままで価値もわからず倉庫にしまっていた情報の価値を再度見直したりすることになります。言い換えるならば、新たな基準で情報の価値をはかり直す。これが問い直しの意味になります。
 一つの価値観に縛られることなく、様々な可能性をふまえて情報の価値を見直す。新たな理解の過程をふまえることで、新たな思考は生まれていきます。このような理解の過程も、新たな可能性を掴み取るための思考実験には欠かせないのです。

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