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1枚のレンズで天体望遠鏡を作れるか

 鏡が像を左右逆に映すように、像を上下逆に映すものもあります。針穴写真機、いわゆるピンホールカメラです。外部からピンホールを通った光が焦点を結び、暗室内で拡散することで像を反転して映し出すというものです。このような現象が起こることについては紀元前から知られていましたが、仕組みについてちゃんと分かるようになったのはずっと後のことです。
 私が幼少の頃、自宅の二階の部屋はあまり使われておらず、昼間でも木製の雨戸は閉じてありました。その部屋は電気を消すと小さな節穴から入った光が障子紙に投影し、国道を通るトラックなどが逆さまに映しだされる不思議な部屋でした。子どもの頃の私にとってはそれがたまらなく面白く、また可思議なことで映像やブラウン管テレビの仕組みなどに対して興味持つきっかけともなったものでした。
小学生の高学年になると小遣いを貯めて安いレンズを買い、手製の顕微鏡や天体望遠鏡を作りました。天体望遠鏡といっても厚紙を丸めて筒を作り、レンズをはめ込んだとても簡単なもので、天体の観測などはできず周囲の景色を見て遊んでいました。
天体望遠鏡の基本形は、口径が大きく焦点距離の長い対物レンズと、焦点距離が短く口径の小さな接眼レンズからなります。対物レンズで取り入れた光を屈折させて、光を小さくまとめることで観察者側からは大きく見えるという仕組みです。
鏡の場合そのまま真っすぐ光を反射しますが、レンズの場合には三次元的に光を屈折させるので、焦点を通り過ぎた光は右上にあるものが左下に、左上が右下といった具合に上下左右が交差・反転して像を映し出します。私が作った天体望遠鏡も、地上の景色を観察すると対物レンズと接眼レンズの焦点距離により決まる倍率の像が上下逆になって観察できました。ちなみに対物レンズの焦点距離が長いほど、接眼レンズの焦点距離が短いほど倍率が高くなります。
……と、理論上はなるわけですが、当時の私はお小遣いがなかったため、大小のレンズを二つ買うことができませんでした。そのため、私が作った天体望遠鏡には接眼レンズとなる小さなレンズがついていませんでした。「天体望遠鏡を一枚のレンズで実現できるなんておかしい」そう思う方もいらっしゃるでしょう。確かに私が作った天体望遠鏡はおかしいものでした。ただ、ちゃんと見えたのも確かなのです。その仕組みは次のようなものでした。
カギは接眼レンズにあります。ちなみに72歳の今の私にはこの天体望遠鏡はあまり使えないと思います。しかし小学生の時は使えました。小学生の時の私と72歳の今の私の目の最大の違いは焦点距離の調整能力です。
小学生の頃、私の目の自然状態での焦点距離はおそらく50㎝位でした。そして、目に力を込めれば焦点距離を10cm位にすることは楽にできました。焦点距離を10㎝にした眼球は、通常の焦点距離50㎝の眼球の前に総合焦点距離を10㎝にするレンズを追加したのと同様の効果をもたらします。つまり、自分の目の水晶体を調整して、接眼レンズの代わりにできたのです。
自作の望遠鏡の対物レンズの焦点距離は70㎝程度だったので、倍率は5倍程度と計算できます。接眼レンズ無しで実際にやってみると、そこそこ大きな像が上下左右反転して目に映りました。
 私がソニーに入りたいと思ったきっかけがテレビであり、ソニーから独立して最初に手掛けたのはブラウン管測定器の開発・販売でした。そう考えると「光と映像」の分かり方というものは、私の前半生において一つ大きなものだったともいえるかもしれません。

『空調服™を生み出した市ヶ谷弘司の思考実験』より

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