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「もしも」を考える思考実験~タイムマシンは作れるのか?

 私たちが「もしもあったならば」と考える定番は、やはりタイムマシンでしょうか。そもそもタイムマシンは理論上可能なのか。今回は理論上考えられる最高クラスのコンピュータを使った思考実験で確かめてみたいと思います。

 今回、思考実験を容易にするために、実験を行う科学者V氏の脳をコンピュータ脳に作り換えます。そして、その記憶が移行できる超巨大なコンピュータを用いたバーチャル世界を作ります。
 現実世界とバーチャル世界との往来は、全て記憶データの往来だけでできることになります。バーチャル世界は、現実世界の実験室に置かれた巨大なコンピュータによって作られた世界で、できるだけ現実世界と違いがない世界になっています。
 現実世界とバーチャル世界の大きな違いは、現実世界の中にバーチャル世界が存在すること、つまりバーチャル世界を動かすクロックは現実世界にあることです。それ以外に思考実験上の大きな差はないように作られています。
 バーチャル世界から現実世界を見るためのカメラ、現実世界からバーチャル世界を見るためのカメラがそれぞれ設けられています。これによって、お互いの様子をお互いに見ることができるようになっています。またバーチャル世界を動かすクロックは、現実世界側からは無論の事、バーチャル世界側からも操作できるようにしておきます。これにて準備完了です。

 では、さっそく科学者V氏の記憶をバーチャル世界に移しましょう。バーチャル世界に乗り込んだ瞬間、現実世界のV氏の脳は停止します。
 現実世界にいる相棒のR氏とバーチャル世界にいるV氏とがテレビ会議を行いました。バーチャル世界は非常に精緻に作られ、R氏から見るとV氏はいつもと同じ様子で、現実世界の別の場所にいるV氏とテレビ会議を行っているように感じます。バーチャル世界にいるV氏の場合も同様です。
 二人で打ち合わせを行い、バーチャル側にいるV氏が自分のいるバーチャル世界のクロックを動かす実験を行うことにしました。監視カメラは実験室の中だけでなく、世界中の各所に設けられ、バーチャル側から現実世界の各所を見ることができるようになっています。
 V氏は、自分のいるバーチャル世界のクロックを10倍の早さにします。すると監視カメラに映る現実世界の動きは10分の1のスローモーションになります。次にV氏はクロックをゆらがせてみました。現実世界の街を歩いている人の動きが早くなったり、遅くなったりして躍っているように見えます。現実世界にいるR氏から見たバーチャル世界でも、同じように人の動きが躍っているように見えます。その後、元のクロックに戻して、第1回目のクロックの実験は終了しました。
 実験終了後、V氏とR氏のテレビ会議による打ち合わせが再開されました。打ち合わせの中で、クロックの変調実験中は声も変調はされるので会話が困難になることに気がつき、会話スイッチを設け、クロックの実験中でもそのスイッチを押すとクロックが元に戻り、押している間は会話ができるにようにスイッチやソフトの修正を行いました。

 第2回の実験を開始します。
 この実験は、バーチャル世界のクロックを遅くする実験です。V氏はソフトで作成したボリュームを少しずつ左に回しました。現実世界の街の人の動きがどんどん速くなってきます。そして最後にはボリュームを左一杯に回してクロックを止めてしまいました。
 R氏もバーチャル側の様子を監視していました。バーチャル世界の動きが遅くなり、最後は止まってしまいました。V氏の顔は現実世界の動きが非常に速くなったのを楽しんで見ている顔の状態でストップしていました。R氏は会話スイッチを押すと、クロックが元にもどり、V氏がクロックを止めてしまったこと、現実側の操作でクロックを戻すことをK氏に告げました。L氏の操作によりクロックは元に戻りました。
 テレビ会議が再開され、ここまでの実験の様子を相互に報告し合い、次回の実験の打ち合わせを行って現実側にもクロック停止スイッチを取り付けました。

 3回目の実験が開始され、R氏は何回かクロックを止めました。その日のうちに10回、合計4時間クロックを止めて、その後テレビ会議を行いました。予想通り、V氏にはクロックが止まったことに対する何の認識も違和感も持たなかったことが確認されました。
 一連の実験を終え、V氏は現実世界で待機状態になっている自分の体のコンピュータ脳に記憶を移して戻って来ました。関係者が一連の実験結果を精査すると、次のようなことが確認されました。

  1. 自分が存在する世界の時間がどのように変調されても、全くわからない。
  2. このリアルな宇宙の世界の時間がどのように変調されていても、この宇宙の中では観測できない。
  3. クロックが1億分の1で動くバーチャル世界を作り、その世界に移り地球の動きを眺めると、地球の地形が刻々と変化してゆく様子を観察でき、地球を作った神のような気分を味わうことができる。
  4. 時間を独立して調整できる2つの世界があり、他方の世界に移り、その世界の時間を100年間止めたのち元の世界に戻ると、一瞬で100年後の未来に行くことができる。
  5. 2つの世界があり、30歳で他方の世界に移り、その世界の時間を100倍速め、半年後に元の世界に戻れば、80歳の老人になっている。
  6. 現実世界からコンピュータの中のバーチャル世界に移っても、つまりコンピュータの中の世界でも完全な逆方向演算はできないので、過去へと行くことはできない。

 以上の思考実験により、未来に行くタイムマシンはありうるが、過去に行くタイムマシンはありえないことが確認できました。
実際に、未来に行くタイムマシンは実はそんなに難しくありません。相対性理論によれば速い乗り物で移動することにより、1兆分の1秒ぐらい先の未来に行くことは簡単だと考えられています。よく知られているのは新幹線でしょう。東京から博多まで乗車していれば、ほんの少しだけ未来に行くことができます。ただ何年も先に行って、そこから戻ってくるようなタイムトラベルはもちろん実現していません。
 SFなどに登場するコールドスリープならば、理論上は何年も先の未来へ行くことが可能だといえるかもしれません。冷凍保存の技術が進展すれば、自分の体を完全冷凍して行きたい時代で無事に解凍されれば、当人にとっては実質的に未来に行ったのと同じことです。ただ冷凍はできても解凍の段階で人体にかなりのダメージが発生します。今のところこのダメージを取り去る技術は発見されていません。
 このように未来に行くことは理論上可能ですので、タイムマシンは実現可能です。ただ、未来から過去には決して戻ってくることはできません。そうなると、手段としては実現しても今度はそれに叶う目的が果たしてあるのかも考えどころです。そのタイムマシンの有意義な使い方を考えてみるのも、新たな思考実験になるかもしれません。

『空調服™を生み出した 市ヶ谷弘司の思考実験』より
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