この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
従来の人類に近づける新たな使命
人類分断の危機を乗り越え、新たな体制で再スタートを果たした人類政府は、これまでの路線を踏襲しつつも「変えるべきことは変える」という指針を示した。
その最重要課題となったのが、具体的に「今後の人類がどうあるべきか」のモデルを示すことであった。
埋もれた都市を見つけ、その遺産により人を誕生させることが第3世代の人類の共通した使命だったが、人口が100万人に達し、ステータス制度も完備した今「これ以上人口を増やすための発掘の必要はない」との意見が出て、発掘作業は中断していた。その結果、目標がなくなり、社会の活性度は低下してきていた。
新政府はこの状況に対し危機感を覚え、この状態を打破するために〔活性化プロジェクト〕を発足させることになった。「人口を増やす名目で、さらに発掘する範囲を広げよう」との案もあったが、小惑星衝突に近い場所での発掘は非常に危険だった。
また人口を増やすためだけならば、発掘済みの物資だけで十分であり、メモリーやバッテリーは新たに生産できるまでに技術は進展していた。
プロジェクトによる検討の結果、活性化のための最良の目標が定められた。第3世代の人類の最大の目標は第1世代、第2世代の人類を引き継ぐことにある。これに対し第3世代の人類は第2世代の人類に対し次のように、あまりにもかけ離れていた。
1 死ぬことがない。
2 学習する必要がない。
3 食料を入手するための努力が必要ない。
4 肉体的な痛みや快楽がない。
5 脳と一般記憶が通信によりつながっている。
これらのかけ離れている点の内、プラス面を損なうこと無く、できるだけ従来の人類に近づけることを新たな使命とすることにした。
まず、死についての検討が行われた。死の本質は自分が自分であるという記憶や認識がなくなることであり、第2世代の末期には小惑星の衝突により死ぬことを恐れ、僅かな望みをかけて1億人もの記憶が宇宙に発射される事件があった。これは「宇宙のどこかの知的世界がその信号を受け取って、自分の記憶を復活させてくれるかも知れない」として起きた事件だった。
また、第2世代では、100歳前後で死を迎えるように核心遺伝子が操作されていた。これらを考慮して、また個人記憶にはメモリーの上限もあるので、古い記憶は少しずつ消えて、100年以上前の記憶は完全に消去することが決定された。
したがって死に対する明確な線は引けないが、今経験した記憶は100年後にはなくなるので、「今から100年後には完全に死ぬ」という見方もできる。ただし老化や年齢等の観念を持たすことは、第3世代の人類の人体では技術的にも不可能であり、これらの事柄についてはこれ以上の検討を行なわれなかった。
次に充電と食事との関係について検討がなされた。第1世代、第2世代の人類は腹が減り、食事を取るよう促すようになっていたが、第3世代の人類にはそのシステムがない。これについては充電残量が少なくなると、腹が減るのと同様な空腹信号を設けることにした。空腹信号を設けることは事故防止にも必要である。たびたび作業中に電池切れによる転落事故などが発生していたからである。
また第1世代、第2世代の人類は食事を堪能したり、好き嫌いもあったが、これに対する充電についての対応策を検討した。その結果、急速充電、間欠充電など、その他各種の充電方式を組み合わせることにより、50パターンの充電メニューを作成し、これらに対し個人的好みと結びつけることによる、ややごまかし的な解決方法を採ることにした。
痛みについては実用的にも必要だった。体を何かにぶつけ損傷しても、それに気付かず傷口を広げてしてしまうことが多発していた。また従来の人類と同様に、或いはそれ以上に活発に動けるようになった第3世代の人類には、様々なセンサーが取り付けられ、センサーの種類や数量は従来の人類より充実していた。これらを活用することにより、痛みや、かゆみや、肉体的な快楽などに結びつけることは難しくなかった。
精神面、感情などの点では全く改良の必要はなかった。それらを充実して備えることが、単なる高度なAIを自我に目覚めさせる必要条件なので、はじめから従来の人類と同等か、それ以上に充実して備わっていたからである。
このようにやや強引な方法だが、社会の活性化のために、第2世代の人類に近づけることが決定された。
また、高密度の半導体メモリーを製造できるようになったことから、一般記憶を通信で行う方法をやめ、一般記憶用の大容量メモリーを内蔵することにした。100万人もの住民にこれらの改造を施すことは、1つの都市を発掘するよりもはるかに大きなプロジェクトだった。
第3暦160年 電源大問題
こうして160年の月日が経過した。第3世代人類における人口は300万人に達し、ほぼ計画は達成された。しかしながら、それは再び行うことをやりつくしたということも意味していた。
第3世代の人類は再び目標を失いかけるかに思われたが、その心配は全く無かった。思わぬトラブルというのは、常に起こりうるものだからだ。
ある日、1台の質量電池が突如として出力を停止した。〔質量電池に寿命はない〕という先入観にとらわれていた技術者は、故障だと思い込み原因を調べたが、故障の原因は見つからなかった。
質量電池に関する文献を詳細に調べたところ、質量電池は質量の数十パーセントを電気エネルギーに変換するもので、原料を使い尽くせば出力が停止する電池であり、無限に使えるものではなかった。
技術者たちは同じ大きさの質量電池を取り寄せ、その重量を測定した。9キログラムの物もあれば7キログラムの物もあった。停止した質量電池は6.8キログラムだった。
この調査結果を受け、各所で使用されている質量電池の重量を測り分析した。その結果、このまま使い続けると早いものだと半年後に、最も長いものでも5年後には燃料がなくなることが判明した。
質量電池は埋もれた都市から発掘して使用しており、新たに製造する技術はなかった。質量電池の製造拠点は小惑星衝突地点の近くの都市だったため、その生産設備は完全に破壊されていたからである。関連文献は入手できたものの、それを再現して新たに開発する時間的余裕がなかった。その間をつなぐ別の電源が必要であることは明白だった。
このための緊急に製造可能な電源として火力発電を用いることにした。第2世代人類が、地球温暖化防止のために大量に大気から回収したカーボンを燃料とする発電である。カーボンは構造体としてあらゆる建造物に使用されているため、当面の燃料確保に問題はなかった。
一部識者の間で、「また地球温暖化を招くのでは」という懸念もあったが、これは全く的外れだった。
現在の地球は小惑星の衝突により軌道が楕円形になり、年に2回訪れる夏には60度近くまで気温が上昇する。第3世代の人類はこの高温にも十分に耐えられるようになっていた。また、たった300万人のための火力発電で発生する二酸化炭素の量は地球温暖化につながる量では全くない。
こうして、人類のエネルギー問題解決のためのプロジェクトが開始された。火力発電の開発を急ピッチに進める一方、まだ使用できる質量電池を発掘する作業も平行して行われた。
無論、政府は大規模な節電対策も打ち出した。300万人のための発電には、中規模の火力発電が10基ほど必要だが、質量電池の消耗前に10基の発電機を稼動させるのは不可能だとわかり、2基の発電機の稼動に全力をつくすことにした。
この2基の発電機が稼動する頃には、8割の質量電池が停止するとの予測がでた。この予測に基づき、開発した6都市を300エリアに分け、その内の8割のエリアの電源の供給を順次停止することにした。
言わずもがな、電源が停止したエリアでは人は活動できない。このため電源が停止する前に体を充電し、自ら電源を切って脳や体を停止させ、バッテリーの消耗を防ぎ、電源事情が解決した後スイッチを入れてもらうことにした。
電源を停止するエリアと停止の順番は政府により決定された。これに対し、停止されるエリアの住民からの大きな反対は無かった。一時的に完眠状態になるだけで、その状態が長引いても後遺症は全く残らないからである。それよりも早く発電機を稼動して、働ける人を確保することが必要であり、さもないと人類の絶滅につながりかねない。
こうした協力の下に火力発電所1号機、2号機が稼動し、これによって15%近くの人が働き続けることができた。そして、この15%の人類が新たに発電機を稼動させることで、次の該当エリアの人々が目覚め、この危機から脱することとなった。