この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
夢の「空気塔」スカイダイビング
第2地球の復旧隊員は毎日、月の自宅から地上の開拓基地に通勤するようになっていたので、復旧隊員用住居の建設は見送られた。そのため開拓基地内の居住施設は、数百人が仮眠できる施設だけだった。
月から、空気塔を利用して地上に送られるのは、主にカーボンだが、耐熱技術が進展し、機械類を送るための投下容器が開発され、カーボン以外も送れるようになってきた。しかし人体については壊れやすいため、空気塔を使用して月から送られる事はなかった。
月から送られたカーボンを用い、カーボン変成機で人体を作り、半導体製造装置で脳の部品を作り、開拓基地に隣接する工場では毎日100体の人体が製造された。
時々大きな地震が発生したが、設計通り空気塔には何ら被害はなかった。揺れが大きい場合は、二重層内の気体を少し抜く。すると空気塔はやわらかくなり、揺れがおさまれば空気塔のゆれもすぐに収まる。抜いた気体を入れ戻し、1時間後には使用できるようになる。このような経緯を経て、地上の隊員は7000人にまで増員された。
そんな頃、第2地球での活動に一つ変化がおきていた。降灰が固化した堆積層には地震により所々に亀裂があったが、地面が固化しているので亀裂を埋めれば車両が通行可能であったため、黒鉛の大鉱山跡地まで道路を延ばし移動基地が建設された。
そこで、空気塔を使用し、月から強力な掘削機が送られてきた。大鉱山も固化した降灰に覆われていたが、強力な掘削機により固化した部分を取り除き、鉱山の復旧に成功すると、鉱山から黒鉛の採掘作業が開始された。結果、月からカーボンを運ぶ必要がなくなり、空気塔はあまり使用されなくなってきたのである。
空気塔があまり使用されなくなったので、第2地球復旧プロジェクトは快楽調査プロジェクトに、空気塔の利用方法について相談した。快楽調査プロジェクトのメンバーは、これを大きな快楽を得るレジャー用に使用できないかと提案し、議論が始まった。
「物を安全に落下させられるのなら、人も落下させる事ができるのではないか。宇宙からのスカイダイビングができれば最高だ」
「人を落下させた事はない」
「物ができるのに人体という物ではできないのはどうしてか」
「それは安全性に決まっている」
「安全性なら問題ない。今では二重存在は認められているので、失敗しても死ぬ事はない。人体が壊れるだけだ」
「現在の人体のままだと確実に燃えてしまう。摩擦熱に耐えられるように人体を改造する事は不可能だろう。機械を運んだ投下容器を使えばできるかも知れないが」
「容器に入れたらスカイダイビングとはいえない。利用する人はいないだろう」
このような議論のすえ、スカイダイビングへの利用は夢と終わった。
空気塔でのスカイダイビングというアイデアは夢に終わったが、快楽調査プロジェクトは、これをヒントに次のような議論を行った。
「宇宙からのスカイダイビングで、それほど快楽が得られるならば、同じ事を脳内レジャーで行えば良いのではないか。たしか、脳内レジャーとしてバーチャルスポーツ体験は解禁された」
「今までのバーチャルスポーツ体験ソフトと、宇宙からのスカイダイビングとでは得られる快楽が桁違いだ。同程度の快楽を得るためにはソフトの製作に莫大な費用がかかる」
「バーチャルスポーツ体験は解禁されているのだから、今までにない色々な体験ソフトを作ればよい」
このような議論の下、バーチャルスポーツ体験の充実のため、クリエーターの養成が行われ、様々なソフトが開発された。宇宙からのダイビングでも、品質が悪いと得られる満足度は当然小さくなり、よりリアルなソフトの開発にむけてクリエーターが競い合い、この業界は大いに活気付いた。一般人の数十倍の年収のクリエーターも何人かいた。
人体巨大化の代償
かつて、人体微小化検討プロジェクトは体を小さくする事自体が満足度を下げてしまうことがわかり中止された。しかしながら、逆に人体を巨大化するメリットがある研究者によって指摘されたことで、その検討するために、〔人体巨大化検討プロジェクト〕を発足させた。
巨大化に対する議論は次のように進行した。
「前回のプロジェクトでわかったように、いくら知能が高くても小さな体では駄目だ。裏を返せば体は巨大なほうが良い事になる」
「相似形のまま大きくするは力学的に無理がある。形を変えなければならない」
「第1世代から続いた人類の形を変えるのは、人類の継続的繁栄の趣旨に反する」
「現在の人体には昔のカーボン変成技術が使われている。最新の技術を使えば、相当な大きさまで巨大化できる」
「巨大化するとそれだけで気が大きくなる。体が巨大で気が大きくなったら何をしでかすかわからない。危険だ」
「問題が起こりそうになればスイッチを切れば良い。スイッチは無論こちらで操作できれば良い」
「何でも実験してみなければわからない。やってみよう」
このような議論の後、実験申請書を作成し、政府の関係部門に申請した。簡単な審査を経て実験は許可された。
最新のカーボン変成技術により素材の強度を強化し、身長が普通体の5倍の巨大な人体を簡単に製造する事ができた。体重は何と普通体の125倍である。メンバーの中から被験者を選出することになり、理性的な、落ち着いた人が選ばれた。
実験が開始され、被験者は巨大な体に乗り換えた。被験者は立ち上がり、回りを見回した。しばらくして、被験者自らスイッチを切るように言った。被験者が元の被験者の人体に戻ってきた。被験者は「気が大きくなり支配欲が強くなった。大きな権力を持った感じだ。あのままでは何をするかわからなかったのでスイッチを切るように言った」と話した。他のメンバーは笑いながら「大きな権力を持つと何をしだすかわからない。大統領と同じ事だ。そのための暴走防止システムが必要だ」と言った。
プロジェクトで検討の結果、人類に奉仕するための、奉仕ソフトを追加する事になり、関連技術者がプログラムを作成し、シミュレーションを行い、これにより問題を防止できる事が確認された。
この検討内容が政府に報告され、有事に備えて100体製造する事が決定された。
この巨大な人体製造をきっかけに、政権内で次のような議論があった。
「有事といっても色々ある。地震などの有事の際にはあの巨大な人体は役に立つだろうが、もし敵が攻めてきたらどうするのか。巨大人体では役に立たない。現に活性化により滅亡した痕跡がこの近くの宇宙に沢山ある。我々のように生き残った文明も沢山あるはずだ。それに備えて、強力な武器を開発するべきだ」
「最も強力な武器は活性物質を使用したものだが、これは危険すぎる。原爆程度が適当だろう。原爆なら簡単にできる」
この政権内の議論を受けて、〔原爆検討プロジェクト〕が発足した。
核技術の復活
原爆検討プロジェクトの議論は次のようなものだった。
「原爆は確かに合理的だ。第1世代の人類には放射線は危険だったが、我々には関係ない。宇宙線対策として脳には十分なシールドが施されている。扱いは簡単だ」
「武器として原爆を作るのは、きわめて簡単だ。ウラン鉱山を見つければそれで済む。超高速遠心分離機など簡単にできる。大型、中型、小型の各種武器を備えたほうが良い」
「超小型化できれば固化した堆積灰の除去にも使用できるのではないか」
「超小型原爆を作るためには別の技術が必要だが、我々には手作業で組み立てる事ができる。無論、万一組み立て中に爆発したら大変だから、遠くに実験設備を作り、そこで作れば良い」
「原爆は戦う上でも工事用にも最適だ」
このような議論を経て、原爆を開発する事になった。まずはウラン鉱山を見つける事が必要である。まず鉱山が沢山ある、都市の裏側にある黒鉛鉱山の付近を探査した。数週間の探査後、有望なウラン鉱山が見つかった。鉱山からのウラン鉱石の採掘には早速、巨大人体が投入された。
工場で超高速遠心分離機が数台製造された。カーボン変成機により極めて強度な材料ができるので超高速回転が可能である。郊外に濃縮工場が建設され、超高速遠心分離機や超微細粉砕機などが設置された。
採掘されたウラン鉱石は都市側の濃縮工場に運ばれた。濃縮工場で96%に濃縮されたウランは、都市から遠く離れた加工工場に運ばれ、円柱を縦に36分割した形状に成型された。
成型された36個のウラン片は担当技術者の手により核実験場に運ばれた。中性子吸収セパレータを介し円筒状にならべられ、円筒を締め付ける強力バインダーを取り付けられた。組み立ては担当技術者の手作業により行われた。無論、爆発事故に備えて担当技術者は加工工場にも二重に存在していた。
スイッチを押せば、セパレータは引き抜かれ、強力バインダーで一体化され爆発するはずである。担当技術者が隣に建造されたシェルターの中に入り、スイッチを押した。爆発の威力は計算どおりだった。さらに濃縮度をあげ、各種工夫を行い、工事用にも使用できる超小型原爆は完成した。
空気塔を利用し、ウランや遠心分離機などが地上に運ばれ、地上の工場で固化した堆積灰粉砕用の超小型原爆が量産された。しかし工事用原爆を用いた作業は効率が悪いという現場からの声が上がった。
原爆を仕掛けるためには固化した層に孔を開けなければならない。強力に固化している場所では穴あけ作業が大変である。また固化した層を大面積で取り除くには、深い穴をあけなければならない。深い位置で爆発させると固化した層だけでなく、その下の層も飛び散り、後始末が大変である。
現場の反対により、固化した層を取り除く作業に超小型原爆の使用は中止された。原爆技術者達は、せっかく原爆の超小型化に成功したのに、利用されない事を嘆き、原爆により固化した層を除去する別の方法を議論した。
「超小型原爆の問題は、手間が掛かる上に一回の爆発で除去できる面積が小さすぎる」
「堆積層の厚さは50センチ位なので強力な爆弾はあまり意味がない」
「50センチぐらいなら、穴を掘って爆発させるのは合理的でない。表面で爆発させたほうが良いのでは」
「表面で爆発させても固化層にひびは入るだろうが、ひびが入る面積は極わずかだ」
「大型の原爆を上空で爆発させれば、ひびは大面積に入るのではないか」
上空で爆発させる案は良案であり、さらに検討を重ねた。シミュレーションの結果、1km上空で中型原爆を爆発させれば、半径5kmの範囲にひびが入ると予測された。
計算どおりの爆発力の原爆を作る事は簡単だが、1km上空に運ぶ手段が無かった。専用のロケットを作れば可能だが、それでは能率が悪い。空気があれば飛行機で運べるが、ここには空気がない。検討の結果、強力なバネで上空に打ち上げる案が浮上した。カーボン変成機を用いれば、強力なバネを作るのは簡単である。
早速、バネ砲が製造され開拓基地から遠く離れた場所で実験した結果、計算どおりにひびが入った。ひびが入れば固化層の除去作業は簡単である。
固化層は次々とはがされ、大きなクレーターの窪みに捨てられた。作業中に人体も多く見つかったが、損傷が激しく使い物にならず、はがした固化層と一緒に捨てられた。
固化層の処理に原爆は大いに役立ったので、原子力発電も話題になり、関係者で議論された。
「原発には冷却が必要だが、ここには冷却するための液体がない」
「液体金属ナトリュームを使ってはどうか? 真空中だから燃える危険はない」
「金属ナトリュームを作るには塩が必要だ。第2地球に塩はあるだろうか。塩があっても金属ナトリュームの製造には手間がかかる」
「そもそも太陽光があるのに原発など造る意味がない」
このような簡単な議論で原発の議論は終了し、原爆だけが作られた。