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SFD人類の継続的繁栄 第8章1節『自我のめざめと神様ゲーム』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

記憶と個性

「我々は記憶を送信して体を自由に乗り換える事ができる。体は単に人体という道具で、脳は簡単に言えば記憶装置と演算装置だ。その脳というコンピュータの中に自我や意識を持たせる基本ソフトがあり、記憶装置の中に記憶がある。体は使用目的ごとに作られていて自我や記憶とは関係ない。脳のハードウエアも同じことだ」
「脳の仕様が同じなのにどうして我々にも能力差があるのだ」
「基本ソフトは同じでも、その上に構成されるソフトは学習により各人別々だ。我々が体を乗り換えるときに送信される記憶の中には、基本ソフト以外の個人個人により異なるソフトも入っている。知的能力の部分や感情の部分のソフトやデータも大きな意味での記憶として送信される」
「体を乗り換えるため、大きな意味の記憶を送信しているので、記憶が全てだという事は必然的に誰でもわかっている。第1世代の人類は体を乗り換える事ができなかったので、わからなくてもしょうがない」
「結局、第1世代の人類は、記憶は消失しても体が動いていれば生きていると定義していた」
「それでは企業などに沢山備えてある、今では装置扱いの人体を、命ある生命と思っていたという事か。装置を命ある生命と思うなど信じられない」
「心臓が止まると腐ってしまう有機物でできた体と、無機物で電源スイッチを切っても腐らない体とは全く仕様が異なる。使用している体の仕様が異なれば考え方が違ってくるのは当たり前だ」
「我々はこの事については第1世代の人類に比べずっと正しい認識を持っているが、第1世代の人類の技術や知識の進展に比べ、百万年近くも経っているのに我々には技術の進展がほとんどない。我々のほうが劣っているのではないだろうか」
「それは技術の進展を止めたためだ。そのおかげで人類はまだ存在しているともいえる。技術の進展を止めなければ、あの微小生物のように脳だけになっている」
「技術の進展を止めたが、エネルギーに関しては質量電池を開発し、挙句の果てに地球全体を活性物質に変え、太陽系を消滅させてしまったのだぞ」

自我の芽生え、その謎

「だいぶ横道にそれてしまった。もとに戻そう」
「ここで今までの手法の『チューニング技術』を使わないで、我々と同様な知的生物を作り出す思考実験をしてみよう。無論、脳以外は当たり前のものだから脳を自我に目覚めさせる方法だ」
「ハードウエアはどうするのか」
「ハードウエアは我々の脳の1万倍程度にしよう。大きすぎて問題ならソフトで制限すれば良い。大は小を兼ねる。後からどうにでもなる」
「最初は小さく制限したほうが良いと思う。小さなハードのほうが自我に目覚めさせ易い」
「自我に目覚めさせるのは複雑なソフトが必要だ。小さなハードではどうにもならない」
「自然界で、いきなり人間が誕生したのではない。最初は小さな生物が自我に目覚め、その後進化したのだから、小さいものを最初に狙ったほうが良いのでは?」
「その考え方は正解だ。小さなハード、小さなソフトで簡単な生命を狙ったほうが良い。命や自我などに大小の線引きはない」
「私は勘違いしていた。『大きなハードと複雑なソフトでないと自我に目覚めた生物を作れない』と勘違いしていた」
「自我に目覚めさせる事が最大の難問だ。小さな生命から始めよう。能力、性格、記憶力などはソフトウエアの改良で後からでもどうにでもできる」
「我々を自我に目覚めさせたチューニング方法については、その後研究が禁止され、現状のソフトだけが全ての人の誕生に使用されている。実のところ、チューニングについては我々にもよくわからないのでは?」
「今のチューニングの基本は各種の指数を導入した方法なので、指数によらない全く別の方法を考えよう」    
「あの神様ゲームを使う方法はどうだろうか。原始生命から進化させ、知的生命が誕生し、知的生命が自我を持ち、多数の自我を持った知的生物による世界を作り出すゲームだ。我々、ゲームを行っている側では単にゲームだが、その中の世界はリアルな世界だ」
「この宇宙も、神様が作ったゲームの世界かもしれない。我々は、この宇宙の外を知りようがない。我々がこうして議論しているのも、神が作った宇宙の中での出来事で、神は色々なところをモニターして、楽しんでいるかもしれない」
「それなら、太陽系の消滅は神様の大失敗だ」
「話がだいぶ横道にそれたようだが、元に戻そう。その神様ゲームの中では、本当に知的生物が自我に目覚めた状態になるのか。その神様ゲームはどのように作るのだ」
「ゲームのメモリーは我々の脳の10000京倍位で、そのゲームでは必然的に自我を持つ生物が大量に発生するようにプログラムされている」
「すると、我々がわかっている自我に目覚めさせる技術は、チューニング技術と神様ゲームの2つだけか」
「もう1つある、第1世代の有機物でできた人間の素だ。遺伝子という情報が詰まっている受精卵という単純な有機物の物体を育てると、自然に自我を持つ人間になる。その方法をまねた遺伝子ソフトを作るのが最も簡単だ」
「まねるのでは面白くない。神様ゲームの事をもう少し説明してくれ」
「神様ゲームの基は21世紀初頭の例の技術者の残したこのようなメモだ」

21世紀初頭の技術者のメモ その1謎

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コンピュータによる生命進化シミュレーションの手法

理想コンピュータというものを考えてみましょう。理想コンピュータとは容量も演算速度も自由に設定できるコンピュータです。しかし、相対性理論により、信号の伝達速度の上限は光速なので、特に演算速度の点で理想コンピュータというものはあり得ません。かわりに準理想コンピュータを考えてみましょう。これは性能がとてつもなく高いコンピュータの事です。準理想コンピュータは現在のコンピュータに対し、とてつもなく高性能なだけなので、以降は単にコンピュータと呼ぶ事にします。コンピュータによる生命進化シミュレーションを実際に行う前に、コンピュータについての思考実験を行いましょう。

コンピュータを2台用意しましょう。次のようなプログラムを作りましょう。
まず生物の進化しやすい環境を作ります。ある程度の大きさを持った、でこぼこのある地表面を設定します。地表面だけに生物が繁殖するようにしましょう(地下や空までシミュレーションしようとすると、複雑で手間がかかるから)。地表面には風が吹いています。風向きや風速は乱数を複雑に組み合わせて色々と変化するように工夫しましょう。
地表面の中央部に餌に相当する一定量の小さな粒を、うずたかく積んでおきましょう。餌のそばに最初の原始生命体を100個置いてプログラムをスタートしましょう。最初の原始生命体をA1と名づけます。A1は餌を食べて1分後にA1自体を2個コピーして、その後すぐに死に、餌に戻るようにします。風により、A1や餌は地表面を動き回るようにします。運悪く餌のないところに風で運ばれたA1は、餌を食べられずに死んで餌に戻ります。A1は餌を食べて1分後にA1自体を2個コピーして、その後すぐに死ぬように、一つ一つが独立にプログラムされています。しかしこのままではA1は進化しません。
地球の生物が進化を続けた事の理由として、「放射線が生物の遺伝子を書き換え、都合の良い方向に書き換えられたものが生き残り進化した」との説がありますが、このA1を進化させるために、同じような手法を使ってみましょう。地球上で起こった、放射線による遺伝子の組み換えと同じように、乱数発生プログラムを複雑に組み合わせて、地表面に放射線攻撃を行いましょう。放射線による影響は餌などには影響を与えず、独立して記述された生物の記述プログラムにのみ影響を与えるように作ります。
このようにすると、運悪く放射線を浴びたA1は、自分を記述しているプログラムの一部を書き換えられてしまうため、ほとんどの場合は死んでしまいます。非常にまれに、A1のプログラムが都合の良い方向に書き換えられる事があります。たとえば「A1自体を2個コピーしてすぐに死ぬ」というプログラム部分を、2個のところを3個になるように書き換えられる事です。このように書き換えられる事によりA1よりも生命力が強いA2が誕生します。

続く

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