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SFD人類の継続的繁栄 第9章1節『大野事件』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

生物調査プロジェクト

 月の天文台による詳細な調査により、この太陽系には、第2地球と、月と、第2衛星に人類が、遠くの惑星に微小生物が存在し、それ以外に生物がいない事が確認された。しかしこの太陽系に危険な生物はいなくても、近くの太陽系に活性物質を作れるような危険な生物がいると問題である。
円盤型宇宙船により近くの別の太陽系を調査する事になり、上田政権は第2衛星に〔生物調査プロジェクト〕を発足させ、調査を命じた。    
宇宙船の本格的な最初の任務である。近隣の太陽系の全惑星とその衛星、さらにその孫衛星まですべてを丹念に調べる巨大プロジェクトになる。有機物で出来た生物だけなら、水のある星だけ調べれば良いが、どのような生物がいるかわからないので、全ての星の隅々まで調べる必要があった。
小さな惑星には接近して観察できるが、引力が強い大きな惑星には接近して観察する事は不可能である。また、遠くから精緻な観察を行うためには、高性能望遠鏡が必要になるが、月の天文台にあるような超大型望遠鏡を、宇宙船に搭載する事は不可能である。
 プロジェクトはこの問題について議論した。

「特に大型惑星やその衛星の観測には接近して観察する事はできない。超微小生物の存在まで見つけるには、高性能望遠鏡が必要である。しかし超大型望遠鏡を宇宙船に積み込むのは物理的に無理である」
「積み込むのではなく曳航しては」
「曳航は良案だが、どのように望遠鏡を宇宙に運ぶのだ。超精密製品である超大型望遠鏡をコイルバネで宇宙に放出する事は不可能だ」
「宇宙で望遠鏡を組み立てる事はできないか」
「無重力なら主鏡は軽量化できる。重力による歪みの心配もない。主鏡は材料を宇宙に運び、宇宙で造るほうが合理的だ」
「副鏡側は小さいので宇宙船で運べば良い。問題なのは主鏡と副鏡とを結ぶ筐体だ」
「主鏡と副鏡とは連結しないで、観察時に光軸と間隔を正確に合わせれば良い。宇宙空間での超精密位置制御技術は、非常に高いレベルに達している」 

 こうして宇宙船により、カーボン変成機とカーボン材料が宇宙の仮基地に運ばれ、巨大な主鏡が製造された。副鏡や接眼レンズや他の部品も宇宙船により仮基地に運ばれた。
主鏡の中央に接眼レンズが組み込まれ、主鏡と副鏡に位置制御ロケットが取り付けられた。
50名の観測隊員を乗せた宇宙船は、第2衛星の上空に放出され、宇宙の仮基地で製造された主鏡と副鏡を曳航しながら隣の太陽系に向かって航行した。

宇宙望遠鏡

大野政権の発足

 第4暦2万5千年、全人口は80億人に達した。地球には40億人が定住し、産業は製造業が中心である。月には政府が置かれ10億人が定住していた。第2衛星は技術立国となり、主要産業の多くが拠点を移し、30億人が定住していた。
技術立国である第2衛星が実質的に人類の中心地となり、自治権が強化された。しかし月の政府の支配下にある事に対する住民からの不満もあり、一部には独立の動きがあった。
この動きに対し、月に置かれた政府は危機感を覚え、上田大統領はたびたび第2衛星を訪れた。自治政府の移動基地には無論大統領専用の人体が用意されていた。
 この年の2度目の訪問後、大統領は突然、月と地球と第2衛星に、それぞれ独立政府を置き、ゆるやかな連邦制を敷く事を決定した。この決定に月の住民は大騒ぎになった。第2衛星の住民は大喜びだった。
 第2衛星の政府も大統領制を敷く事になり、人体研究プロジェクトリーダーの大野が就任し、政権幹部にも人体研究プロジェクトのメンバーが多数就任した。この事に対する旧自治政府の幹部からの反対はなく、すんなりと大野政権に移行した。
第2地球や月では第2衛星のこの人事に驚愕したが、連邦大統領の上田は動じることなくこの動きを静観していた。
 大野政権発足の大きな原動力となったのは次の政策だった。長年かけて開発した、副作用がなく、満足度を大幅に上げるソフトの開発に成功した事を発表し、第2衛星の独立の記念事業として、第2衛星の住民の希望者にこのソフトのインストール手術を無料で行う事を公約として掲げたのだった。この公約はいうまでもなく、第2衛星の住民の大きな支持を得ていた。
大野政権は発足後、まず希望者を募りその手術を行った。手術を受けた全員が手術結果に大満足し、その結果が広く報道され、大多数の住民が手術を受けた。第2衛星の住民の満足度は大きく上がり、この様子は、地球や月の住人にも広く報道された。
第2衛星の政府から、月の政府と地球の政府にソフトの無償提供の申出があり、地球の住民、月の住民の希望者にも手術が施された。やがてこの手術は義務化され、人類全員に手術が施された。 
 やがて第2衛星の住民はもとより、地球の住民も月の住民も、皆、第2衛星の大野大統領を偉大な大統領として認識するようになってきた。大野大統領を人類全体の大統領とする運動がおこり上田大統領もこれに賛成した。やがて大野大統領は神聖化され、永久大統領として全人類に君臨する事が法制化された。

洗われた脳、残された脳

 宇宙船は近くの太陽系の調査を終えて、第2衛星への帰還の航行中だった。通信員が生物調査プロジェクトの通信担当者と定例の交信を行った。通信員はいつもと違う大きな違和感を覚えた。プロジェクトの通信担当者は人類の大統領が大野氏になり永久大統領になったと言っていた。信頼できる同僚の技術者にも連絡したが、この技術者も大野氏が人類全体の永久大統領になった事を皆大歓迎していると言っていた。経緯を聞いても要領を得なかった。
 通信員はこの事を船長に報告し、緊急会議が開かれた。理解できないながらも、関連する事柄を時系列にまとめてみた。

  1. 上田大統領が第2衛星を訪問した。
  2. 上田大統領は月に戻ると、突如、3つの星に独立政府を置き、ゆるやかな連邦制を採る事を発表した。
  3. 第2衛星も大統領制を敷く事になり、大統領として大野氏が就任した。
  4. 第2衛星の住民から始まり、人類全員が満足度向上の手術を受けた。
  5. 大野氏が人類共通の大統領になった。
  6. 大野氏を永久大統領とする事が法制化され、この事に人類全員が歓迎している。 

 大野氏が上田大統領や人類全員に脳内操作をしたとしか考えられない。大野氏について第2衛星の同僚に訊ねたところ、「無論人体研究プロジェクトのリーダーだった大野氏だ」と、当然のような返事だった。これで何もかもが明らかになった。大野やその部下は人体、特に脳についてのスペシャリストである。
 予め大統領専用人体の脳を細工し洗脳ソフトを仕掛け、上田大統領が大統領専用人体に乗り換えて第2衛星に来た時に洗脳されたのに違いない。それにより大野が第2衛星の大統領になり、予め開発していた住民洗脳ソフトを満足度向上ソフトだと称し、3つの星の全住民にインストール手術を行い、その結果として大野が神聖化され永久大統領になった。
 これで完全に説明がついた。全てが大野やその一派が人類を支配しようとして起こした洗脳事件である。洗脳されていない人間はこの宇宙船の隊員だけである。
 事件の全容がわかり、この事件に対する対応策を検討した。

「大野一派が『人類を支配しようとして起こした洗脳事件』である事が明確になった」
「このままでは我々も洗脳されてしまう。我々まで洗脳されれば人類を救う事ができない」
「どうすれば我々が洗脳されずに、洗脳された80億人を救う事ができるのか」
「我々が洗脳されない事が第一だ。それには、『我々は隣の太陽系調査の時に微小生物に感染した』ということにして、我々に近づけないようにしよう。『我々には微小生物が感染したが、まだ脳を支配されていない。我々に近づくと感染の恐れがある。我々は自分たちで感染した微小生物を退治する。微小生物の退治はその設備のある人体研究所で行うので皆そこから退避するように』と嘘の説明をして人体研究所を乗っ取り、その後の手立てを考えよう。人体研究所は大野一派が使用していた研究所なので、何か証拠や解決方法のヒントが残っているはずだ」

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