MENU

Novel

小説

SFD人類の継続的繁栄 第9章2節『大野事件』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

人体研究所への潜入

 全人類が大野政権によって洗脳され、かろうじて宇宙探査に出ていた50名の宇宙船クルーのみ、この厄災を逃れた。彼らは、人類80億の自我を取り戻すために、大野政権生誕の場所ともいえる、人体研究所の占拠を目論む。
 彼らは手始めに、第2衛星のプロジェクトに向けて以下のような緊急通信を発信した。

・微小生物に感染した事。
・感染力が非常に強い事。
・幸いまだ脳は支配されていない事。
・自分たちで処理するので人体研究所から全員退避するように命じる事。

この緊急通信を受けるとプロジェクトは大騒ぎになった。この報告が政府になされると、政府は非常事態を宣言し、人体研究所から研究員は全員撤退した。

 宇宙船が第2衛星の宇宙船基地に到着した。基地には大型バスが用意され、50名の宇宙船クルーは人体研究所に向かった。〔感染〕の緊急通信がよほど効いたようで、人体研究所に向かう途中に誰も見かけなかった。
 無事人体研究所に到着し、研究所に保管されている資料をくまなく探したが、それらしき資料は見つからなかった。あとは洗脳された人の脳を調べるしかない。
 どのようにしたら人をここに連れてこられるか検討した。皆感染を恐れてこの研究所には近づかないだろう。何か合理的な口実が必要である。

「我々が呼びかけても誰も感染を恐れてこないだろう」
「逆に感染が退治できたと言えば来るだろうが、それでは我々が捕まって洗脳されてしまう」
「ここにいる50人のうち30人がすでに微小生物を退治でき、感染している残りの20人は隔離してあるので問題ない、という事にして、誰か1人を呼び寄せれば良いのでは」
「呼び寄せる口実はどうするのか」
「残りの20人を助けるためには脳内モニター装置が必要だ、という口実を使おう」
「脳内モニター装置ならここにもある」
「旧型のモニター装置が必要だという事にしよう。旧型は何処にでもあるが最新施設のこの研究所にはない。それを誰かに届けてもらおう」

 プロジェクトに、「すでに30人から微小生物を退治できた事、まだ感染している20人は隔離している事、20人を助けるためには旧型の脳内モニター装置が必要な事、研究所の3号室には感染していない3人が待機しているので、そこに持ってきて欲しい事」を連絡した。

原爆テロ計画

 脳内モニター技術者が、旧型の脳内モニター装置を3号室に持ってきた。技術者を取り押さえ、電源スイッチを切り椅子に縛り付けた。脳内モニターを取り付け、スイッチを入れ脳内モニターを行った。予想通り洗脳ソフトがインストールされていた。脳内データを記録装置に記録し、再びスイッチを切った。
 
詳細に洗脳ソフトを分析した結果、大野が崇拝されている現状の状況と完全に合致していた。急いで除染ソフトを作成し、椅子に縛り付けた技術者の脳にインストールし、電源スイッチを入れた。
 洗脳ソフトが除染され、正気に戻った技術者は洗脳された過程を説明した。予想通りの内容だった。
 観測隊員50人と正気に戻った技術者で、この後の作戦を検討した。

「やはり想像していた通りだ。全て大野が人類を支配しようと行った悪巧みだ」
「プロジェクトには『技術者にも手伝ってもらい順調にいっている』と連絡しよう」
「今のところ、感染作戦はうまくいっている。この先も感染作戦で行おう。大野たちに気付かれずに、80億人全員に除染ソフトをインストールする作戦だ」
「『感染を予防するワクチンソフトが完成した事。この微小生物は感染力が強く、ワクチンソフトを打たないと80億人全員が感染する』と脅かしてして除染ソフトをインストールできないか」
「それでは弱すぎる。もっと恐怖心を与えなければ除染ソフトをインストールさせる事はできない」
「我々を除く80億人全員が感染した。このままだと1ヵ月後には皆脳を微小生物に乗っ取られる。感染した微小生物を無害化する無害化ソフトが完成した、というシナリオならどうだろうか」
「どうやって80億人全員が感染した事にするのだ。 月の住民も第2地球の住人も全員感染したシナリオを作らなければならない」
「月や地球の住民全員が感染するシナリオには時間が必要だ。長期戦を覚悟しなければならない」
「長期戦では途中でばれてしまう。短期戦で決める必要がある」
「大野の命令なら、大野に洗脳されている80億人は何でも従う。今度は逆に大野を洗脳し、大野に命令させるのが良い」
「いいアイデアだ。しかし、どうやれば大野を洗脳できる。たとえ大野を洗脳できても大野の手下が止めるだろう。大野から手下を引き離す必要がある」
「ここに大野が来た事にして、大野のふりをして命令する作戦はどうだろうか。無論その前に大野を始末する必要があるが」
「大野のふりをして命令を出すのは簡単だ。大野の顔も声のデータもこの研究室に残っている。問題は大野を始末する方法だ」
「我々が大野に会う事はできないか。大野に会えれば何とかなる」
「大野は我々を警戒しているはずだ。簡単には近づけない。よほど良い口実が必要だ」
「荒っぽい作戦だが、原爆で大統領宮殿ごと吹き飛ばし、そのとき大野がこの研究室に避難するシナリオではどうか。我々の誰かが、感染した微小生物に脳を乗っ取られ爆破した事にすれば良い。巻き添えを食った人は保存してある記憶を使って生き返らせることができる」
「我々が政府の移動基地に体を乗り換えて行く事は可能かもしれないが、原爆は物だから通信により移動基地に持って行く事はできない」
「大野のいる大統領宮殿は、ここからあまり遠くない。途中に原爆工場もある。原爆で死んでも、保存してある記憶で生き返れるので原爆の管理はずさんだ。感染した観測隊員20人が脳を乗っ取られ、バスで大統領宮殿に向かった事にしよう」
「メディアを使おう。大統領にはこの研究所に緊急避難するように、感染した20人を破壊すれば微小生物が拡散するので我々が処分するまで絶対に彼らに近づかないように、と、メディアを使って大々的に報道しよう」
「そんなに簡単に原爆を手に入れられるだろうか。手に入らない場合も考えておこう。『感染した20人に近づくと感染する』と、徹底的に恐怖を植えつける必要がある。今の住民は大野により洗脳され、判断力が低下している。大野以外は恐怖で支配できる。原爆は使わなくても済むかもしれない」
「恐怖をあおるのは必要だ。『感染した20人が微小生物を周囲に撒き散らすために自爆した』というシナリオはどうだろうか。大爆発のような巨大音量を大統領宮殿の近くで出せばごまかせる。宇宙船の大容量通信機を改造し、強力な電波を爆発的に出せば、我々の耳には巨大爆発に聞こえる」

大野事件の顛末

 議論の後、次のような作戦計画が策定された。
 

  1. メディアや政府への連絡は、この研究室に脳内モニターを持ってきた技術者が行う。疑われないように、技術者は大野大統領の信奉者として振舞う。
  2. 我々のうち20人がバスで宇宙船に戻り、巨大爆発音装置を製造する。政府やマスコミには感染した20人が脳を乗っ取られ、バスを奪って宇宙船に戻ったと連絡する。
  3. 微小生物を退治したという30人の脳内モニターを行い、完全な退治が確認できた事、また微小生物を退治する過程で、強力な感染防止ワクチンソフトが出来上がった事、を技術者が政府やマスコミに連絡する。
  4. 脳を支配された20人が宇宙船に戻り、微小生物を多量に体に取り込んだ事、もし彼らを破壊すれば10km四方に感染が広がる事を政府に連絡し、この情報をメディアにも流す。
  5. 脳を支配された20人がバスで大統領宮殿に向かった事、大統領は至急研究所に避難するように、と大々的にメディアに流す。
  6. 大統領宮殿近くで大爆音を発生させる。 
  7. 大統領は無事に研究所に避難した、とメディアに流す。 
  8. 大統領宮殿の近くのあちこちで、大爆発音を発生し続ける。
  9. 大野大統領のふりをして、次のようなメッセージをメディアに流す。 

〔私は大統領の大野だ。微小生物に脳を支配された者により、大統領宮殿が爆破された。私は爆破直前に人体研究所に避難し無事である。今後は、人体研究所からこの非常事態の対処方法を命じる。大統領宮殿付近にいた全員が微小生物に感染し、脳を支配されている。大統領宮殿から半径20kmに緊急封鎖を命じ、20km以内の立ち入りを禁じる。全人類に告ぐ。皆さん安心しなさい。感染防止ワクチンはできている。この研究所からワクチンソフトを各通信施設に送付する。送付したソフトはそのままコピーできる。全員に、速やかにワクチンソフトのインストールを命じる。これは人類を救うための絶対命令である。大統領宮殿付近の人はすでに感染している。第2衛星の政府関係者から別の報道があるかも知れないが、その報道は感染者による報道なので、それには絶対従ってはならない〕

 作戦は実行に移された。80億人の脳が除染され、大野一派は逮捕され、この大事件は終息し、軟禁されていた上田大統領が復帰した。作戦は大成功である。
こうして、人類は救われた……かに思えた。

小説一覧

© Ichigaya Hiroshi.com

Back to