この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
星間冷戦の結末
第4太陽系人類の誰一人知ることもなく微小生物が蒸発させられた翌日、世話担当官が様子を見に部屋に訪れた。文献に記載されていた通り、A,B2物質は完全に蒸発していた。念の為内部住居を観察したところ、そこには微小生物はいなかった。
あわてて研究棟に戻り微小生物がいなくなった事を上司に報告した。
大勢の関係者が集まり、内部住居や地下空間を隈なく捜索したが微小生物はどこにも見つからなかった。
上級担当官が世話担当官に事情聴取を行った。世話担当官はありのままに話し、前日のA,B2物質についても話をした。
A,B2物質と微小生物がいなくなった事とは全く関係ない話であり上級担当官にはほとんど関心がなかった。上級担当官は事情聴取の内容、その他の関連項目も含めて報告書を作成し政権に提出した。
報告を受け、上田大統領と政権幹部が大騒ぎになった。そのときさらに衝撃な報告が入った。第2遠天体が爆発事故を起こし天体ごと吹き飛んでしまった、との報告である。
立て続けの大事件に政府は大きく動揺し、動揺のなかで関係者が招集され会議が開かれた。この2つの事件が関連しているのは明らかである。微小生物の失踪事件と第2遠天体の事故を装った爆破事件のつながりについて議論した。
「事故に見せかけた、ネットを経由しての爆破に違いない」
「第2遠天体には危険物質が沢山あるのでネットの入り口は1つに絞っている。入り口には厳重な鍵をかけてある。あの鍵を破るのは相当に高い知能でないと破れない。鍵の作成にはあの微小生物が関与していた。あの微小生物の関与なしに第2遠天体のハッキングはありえない」
「あの微小生物の関与は明らかだが、誰が何の目的でどのようにして彼らをさらっていったのか。あの微小生物は単独で出て行く事はできないし、出て行く理由もない。誰かがさらっていったのに違いない。犯人は第4太陽系内部の者か、我々が知らない未知の敵によるものなのか」
会議の最中にさらなる衝撃が走った。大型宇宙船数艦、宇宙船製造工場、質量電池製造工場、活性物質研究所が次々と破壊された。いずれも最重要施設であり厳重に警備されネットの入り口には厳重な鍵がかけられていた。
未知の敵が微小生物を拉致して鍵を破り、コンピュータをハッキングして破壊しているのに間違いない。あの驚異の知能の微小生物を敵に利用されれば勝ち目はない。
微小生物は第4太陽系の通信システムを最も良く知っている。上田政権は微小生物が本気を出した時の〔驚異の知能〕を最も良く知っている。
会議中に自治政府の阿部大統領から第2遠天体の大事故に対するお見舞いの連絡が入った。第4太陽系の指揮下にある第3太陽系からの当然の丁寧なお見舞いである。
政府はパニックに陥り、指揮下にある第3太陽系に救いを求めた。上田大統領は現在進行中の状況を阿部大統領に説明した。
阿部大統領は「第3太陽系と第4太陽系とは双方向通信でつながっている。無論我々には微小生物が関与して作ったネットの鍵を操作する能力などないが、ネットの中の状況を観察する事はできる。第3太陽系の総力をあげてネットの隅々まで観察し、あやしい場所があれば連絡する。大統領がお望みなら、いま帰還中の20人の隊員を乗せた宇宙船をそちらに戻させる」と言った。
上田大統領は宇宙船に戻ってもらう事を要請した。
上田大統領は現状を分析し、微小生物の能力を最もよく知っているのは政権幹部や微小生物担当の関係者であり、内部の者による犯行だと考え始めていた。
しばらくして阿部大統領から上田大統領に緊急連絡が入った。第3質量電池製造工場の鍵が開けられたようだが、そのほかには怪しい動きは見られない、との報告である。
報告から数分後、第3工場で中規模の爆破事故があった。上田大統領はこの事故を知り返って安堵した。第3太陽系の報告どおりの結果だったからである。
上田大統領はますます阿部大統領が率いる第3太陽系を頼りにし、この事態の収拾には第3太陽系の協力が欠かせないと考え始めた。
その後、破壊事件は終息した。しかし微小生物の行方はわからず、犯人の見当もつかず、側近や政権幹部に対する大統領の猜疑心は深まるばかりだった。
微小生物の失踪から1ヵ月後、隊員20人を乗せた宇宙船が戻ってきた。3人の隊員が代表として大統領に呼ばれ面会した。隊員の代表者が、阿部大統領から命じられ戻った事、上田大統領の命令は自分の命令だと思い第4太陽系の事態収拾に全力をつくすように命じられた旨を説明した。大統領は隊員3人に政権幹部に加わるように要請した。
阿部大統領から第4太陽系のネットシステムに対する報告が入った。「攻撃を受けたところは全て鍵が開けられた跡があった。しかし、第3太陽系の技術ではどのように鍵が開けられたのかわからない。今のところ他の場所には怪しい動きが見当たらない。今後ともネットシステムを監視し、何かあればすぐに連絡する」との報告だった。
第4太陽系のネット担当部門からも第3太陽系の報告と同様な報告が入った。
大統領と隊員3人を含めた政権幹部は、引き続き微小生物の捜索を行う事、ネットの強化作業を行う事、犯人を見つける事、事故の復旧を行う事などを決めた。
第4太陽系支配へ
宇宙船に3人が戻り、政権内の様子が報告され、今後の方針についての打合せを行った。
「計画は完全に成功した。上田大統領は内部の犯行だと思っている。我々3人が政権幹部に加わった。しかし重大な問題がある。この星を発つとき我々は普通人に戻された。しかし今はスーパー人に戻っている。あくまでもスーパー人である事を隠し通さねばならない」
第3太陽系は第4太陽系支配プロジェクトを正式に発足させた。第4太陽系に対する芝居作戦が完全に成功している事と、第4太陽系を支配するにあたりその関連業務が急増するため、新たに100万人の脳から第2本能プログラムを除去し、その任に当たらせた。
第4太陽系支配プロジェクトには多数の専門家も参加し、支配に向けての議論が行われた。先ず、第3太陽系と第4太陽系の理想的な関係について議論した。
「どのような支配形態が理想なのかは別として、ここと第4太陽系とは25光年も離れている。物や人の移動には時間がかかりすぎる。後々は別の話だが、今は超光速通信とネットを通して支配するしかないのでは」
「技術的な点は別として理想的な関係を羅列してみよう」
- 第3太陽系のスーパー人と第4太陽系の普通人との能力の差を固定する。
- 第3太陽系の人類がスーパー人である事を隠し、単なる優秀な人と思わせる。
- 第3太陽系に人類全体の政府を置き、第4太陽系政府は実質的には自治政府とする。
- スーパー人は第3太陽系に、普通人は第4太陽系に住み、住む場所を完全に隔離する。
- 上田大統領と政権幹部に政権運営の自信をなくさせる。
- 少数のスーパー人が第4太陽系に長期出張し、実質的に第4太陽系政府を掌握する。
- 第4太陽系防衛の名目で電磁波砲を積んだステルス宇宙船を配備する。
- 今回の芝居作戦は最後まで極秘にする。
上記内容は支配戦略の基本方針として政権により承認され、第3太陽系の宇宙基地に係留されている宇宙船の隊員にも連絡した。
πから見つける超光速通信大幅改良技術
超光速通信プロジェクトではさらなる改良に向けて研究を行っていた。
1つはさらなる高速化への研究であり、1つは第4太陽系のネットと多重に接続する研究であり、最大のテーマは体を乗り換える移動に超光速通信を使用する研究である。
体を乗り換える移動に超光速通信を使用する研究は困難を極めた。スーパー人の知能を駆使しても解決の見込みは全く立たなかった。全く別の角度での研究が必要である。この最大の問題について上級技術者や関連技術者や数学者による会議が開かれた。
「超光速通信技術が開発されたこと自体が奇跡に近いことである。全く新しい技術なので参考になる文献は何もない。考えられることは全て試してみたが全て駄目で見通しが立たない」
超光速通信への上級技術者のこの発言に対し、ある数学者は次のように言った。
「どのような文献も存在する。ただし文献の量が多すぎてその文献を探し出すのが困難なだけだ。例えばその文献はこの中に必ず存在する」と言い、πという文字を書いた。
続けて「π、すなわち円周率は無理数だ。無理数にはどのような文献をコード化した数列も含んでいる。従ってπの数列の中にはどのような文献も必ずある」と言い切った。
別の数学者は「文献だけでなく無理数の数列の中には何でもある。1が1京回続くところも無限にある。『こんな簡単なことがわからないやつは馬鹿だ』と1兆回繰り返すところも無限にある。これまでに人類が出版した書籍でもどのような芸術作品でも、この天体の全ての原子の構成図も、なんでもある。無限と言うものはそういうものだ」と言った。
それを聞いていたコンピュータ関係の上級技術者は「10の1兆乗まで円周率を計算できるコンピュータなら簡単に開発できる。昔、素粒子といわれたものも、その粒子はさらにそれよりずっと小さな粒子から構成され、今では1つの水素原子により1テラバイトのメモリーが作れるようになった。これだけ計算しても無限に比べれば無限に小さいが、その程度の論文なら見つかるだろう。ただし関連する間違った論文も大量に見つかるだろう。それらの中から有用な論文を探し出す超高性能な階層型コンピュータが必要だ」
「階層型コンピュータとはどのようなものだ」
「高速で単純な下部階層からインテリジェントな上部階層へと階層状に構成されているものだ。この目的の場合の使用方法は、第1階層は超高速でキーワードを見つけ第1マーキングし、第2階層では第1マーキングした物から技術文献形式になっている物を高速で見つけ第2マーキングし、第3階層では中速予備審査を行い、第4階層で低速で本審査を行い、第5階層で本審査をパスした論文の中からこの技術に役立つ論文をじっくりと探し出すやり方だ」
円周率を延々と計算するコンピュータとそのデータ列の中から関連する論文を探し出す階層型コンピュータが製造された。
第1階層により論文名に「超光速通信技術」、サブタイトルに「体を乗り換える移動への応用」となっている数列が10の1億乗箇所見つかった。最上階層が有用な論文を探し出し、ついに体を乗り換える移動に超光速通信が利用できるようになった。
超光速通信と第4太陽系のネットとを直接多重接続する事にも成功し、通信速度の向上と合わせて、ほとんどリアルタイムで第4太陽系の隅々まで操作する事にも成功した。