この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
外交カードは武力強化
人口10万人に達した旧地球の人類は、開発したステルス機によって地上の偵察を行った。その報告がなされ、リーダーの中野氏を議長とする対策会議が開かれた。
「地表の状況は予想していたとおりである。技術は低いものの500万人程度が暮らしている。我々は人口こそ少ないが、科学技術はずっと進んでいる。我々はもともと宇宙船の開発をしていた。小惑星の衝突前に宇宙船関連以外にも十分な文献や装置を持ち込んで衝突に備えて万全の準備をしていたので、科学技術が上なのは当たり前だ」
「土石流に見舞われた時の詳細な報告から、体も脳も我々と非常に似ているように思える。痛みを感じる感覚器官や神経もあるようだ。死者を悼む様子を見ても悪い連中とは思えない。今後彼らとどのように接するべきか」
「我々は人口が少ないが技術はずっと進んでいる。彼らと付き合う場合、我々の進んだ技術を隠すわけにはいかない。技術が同じレベルになれば人口の差は歴然としている。彼らに支配されるのを覚悟しなければならない」
「技術を小出しにして交渉するのはできないだろうか」
「それは難しいだろう。我々は彼らの存在をずっと前から知っていた。我々は彼らに見つからないように地下空間で暮らし技術を磨いてきた。今更、技術という大きな手土産無しで交渉するのは難しい。技術を渡して彼らの仲間に入れてもらうか、このまま地下で暮らして更に技術を磨くしかない。ただし強力な武器を手にすれば話は別だ。強力な武器は大きな交渉材料になる」
「相手の人口は我々の50倍だ。彼らは色々なところで生活している。我々はこの地下空間の中だけで生活している。圧倒的な武力の差が無ければ交渉すらできない。強力な武器を持って相手と交渉した場合、例え交渉が成立しても、しこりが残る」
議論の結果、当面彼らとは接触せずに地下空間で技術を磨きながら暮らすことにした。
宇宙船に使用する活性化エンジンや万一の場合に備えた活性爆弾の研究を盛んに行った。理論的には数々の大きな成果は出たが、理論を確認するための実験ができなかった。地下空間では非常に小規模な実験しかできず、大規模な実験は地上か宇宙で行わなくてはならない。地上で実験すれば彼らにすぐに見つかってしまう。宇宙で実験しても度々実験すればそのうちに見つかってしまう。その為、実験を必要としない活性物質関連理論の研究が一段と進展した。
研究の結果、非常に効率の良い活性化方法もわかってきた。すぐにフルパーワーで使用できる質量電池用の活性物質の製造方法や、その活性化物質の製造中に、少しでも不活性容器からこぼれると、少しずつ周りの普通物質が活性化され、活性物質に接した物質全てが活性化され、やがては地球が丸ごと活性化され、何かをトリガーとして地球が丸ごとエネルギーに変換し、太陽系が消滅しかねない事なども解明に至りつつあった。
活性物質と普通物質との化学的差はなく、活性物質か普通物質か見分ける手段は無かった。しかし理論的研究が進み、ある種類のエネルギー波を当てると反射率にわずかの差がでることがわかってきた。
反射率のわずかの差を利用して活性物質の映像化に成功した。活性化物質を扱っている周りにこの装置を多数設置する事により、この問題を回避できる事が明らかになった。 不活性物質で作った容器から活性物質が少しでもこぼれ落ちると大きな警告音がなり、同時に警備システムに送信される。万一このシステムが起動したらすぐにその場所を特定し、不活性物質で作ったスコップなどでその部分を掬い上げ、不活性容器に格納すれば大事故は回避できる。
中野政権発足
ステルス監視衛星も完成し、相手の様子を監視した。
次第に彼らの科学が発展してきた。既に政府組織ができ上がり、政府の主導で組織的に活動しているようである。巨大地震対策として、活動の場を地表から宇宙に変えるようである。宇宙エレベーターを開発し、宇宙に巨大な居住棟の建造を始めだした。
これらの動きに対し対策会議が行われた。
「彼らは政府組織をつくり、人口も科学技術も急激に拡大している。新しい半導体製造装置も作ったようだ。巨大地震対策として地表から宇宙空間に生活の場を変えるようだ」
「我々も10万人に達している。政府組織が必要だ。政府の長としては中野氏が適任だ」
中野氏が政府の長となることを承諾し、対策会議のメンバーの中からそれぞれの組織の責任者が選出され、中野政権が誕生した。
対策会議は政府の正式な会議となり、議論が再開された。
「技術の点では我々のほうがはるかに上で、むしろ差は開いている。問題は人口だ。地下空間で暮らしているので人口はあまり増やせない。この領域では地下空間もこれ以上拡大できない。ここは巨大地震が来ても安全だが、これ以上拡大すると軟弱な地層にぶつかる。地下空間を拡大するには、ここから離れたところを探さなければならない。ステルス技術があるといっても、拠点を複数個所設けると見つかるリスクが高くなる」
「人口の増加はあきらめ科学技術を進展させよう。地球にはいつまた小惑星が衝突するかわからない。宇宙を開拓している彼らは宇宙船の開発も始めるだろう。本格的な宇宙船のエンジンには活性物質が必要だ。中途半端な知識で活性物質を扱うのは危険きわまりない。太陽系ごと消滅するようなことが起こりかねない。巨大な宇宙船を早く完成させ、我々も危険な地球から他の天体への移住を急いだほうが良い」
「我々は200人を宇宙に送り出した。無論当時よりずっと技術は進展したが、10万人全員が移住するための宇宙船は巨大すぎる。宇宙船を多数作るにしても、この地下空間には十分なスペースがない」
「200人が宇宙に旅立ったときは、脳は有機物なので低温浄化装置が必要だった。我々の脳は完全に無機物に置き換えられている。無機物なら浄化装置は必要ない。脳だけなら10万人分はわずかな量だ。人体は航行に必要な数人の隊員用の数体だけで良い。目標の天体についてから人体を大量生産すれば済むことだ。その為に必要な装置類を大量に搭載しよう」
「宇宙船の航行には数人の隊員でも問題ないだろうが、目標の天体に着いてから人体を大量生産しようにも人体が数体では話にならない。人体を生産する為の最大の装置は人体そのものだ。隊員が数人では人体を作るために必要な大量のカーボンを入手するための黒鉛鉱山を見つける事もできないし、宇宙船から装置類を運び出す事もできない」
「人体は100体ほどにして、人体を作るための原材料を1万人分ほど搭載するのが良い。 1万人を人体にして搭載するためには大きな貨物室が必要だが、原材料で運べばかさばらない。なにしろ人体の中はスカスカだ」
宇宙船開発に向けて
議論の結果、宇宙移住計画については次のようなプランがまとめられた。
- 100人が体ごと宇宙船に乗り込み、残りの人は脳のチップだけで乗り込む。
- 1万人分の人体の原料を搭載する。
- 装置類は大量に搭載する。
- 目標の天体に着き次第、宇宙船の中で人体を作り始める。
- 人数が増えたら小さな基地を建造し、装置類を宇宙船から基地に移す。
- 1万人を誕生させたら、黒鉛鉱山を見つけて、カーボン変成機で基地の拡大に必要な資材や人体を製造する。
- 基地を拡大しながら、人体を製造し続け10万人全員の移住を完了させる。
さらに、10万人の移住が完了した後の計画についての議論が始まる。
「人口を増やすのが最優先だ。脳を作る半導体チップの原材料は1千万人分搭載しよう。1千万人分といっても原材料はわずかな量だ」
「原材料でも完成品でも容積にそれほど違いはない。完成品を搭載したほうがリスクは小さい」
「半導体チップの原材料の内、移住先の天体で見つけにくい物質が1つある。この物質は10億人分搭載しよう」
「あの物質は比重が高い。10億人分だと3トンほどになるだろう。重過ぎないか?」
「開発中の宇宙船のエンジンは強力だ。重さが10トン増えても問題ない。問題なのは宇宙船の大きさだ。この地下空間では大きな宇宙船は建造できない」
「10億人の稀少材料を搭載する事にして箇条書きを続けよう」
- 大鉱山を見つけて1千万体の人体を製造し、宇宙船に搭載した1千万人分の脳のチップから1千万人分の脳を組み立て、新たに1千万人を誕生させる。
- 鉱山からチップの製造に必要な材料を採掘し、宇宙船に搭載した10億人分の稀少物質とあわせて10億人分の脳を製造し、人口を10億人に増加させる。無論この間に半導体製造装置やカーボン変成機など、必要な装置を製造する。
できるだけ多くの機材や材料を移住先に運ぶことになり、中型の宇宙船を10隻建造する事にした。しかし現状の地下空間で建造できるのはせいぜい2隻である。エンジンなどの重要部品については10隻分製造し、貨物室などのかさばる部分は1隻ずつ建造する事にした。