この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
記憶の通信による共有
第3暦50年。第3世代の人類が洞窟で目覚めてから50年が経過し、時間の経過と共に新たな問題が発生した。経験等により一般記憶が増加し、メモリーが不足する問題である。
問題解決のために「メモリー増加対策検討会」が発足し、この問題の課題点の調査、分析、解決策が議論された。
「一般記憶の容量は一定に押さえ、それ以上一般記憶を増やさないほうがいいのではないか」
まず提案されたのは、そんな消極的な案だった。それには、すぐさま反論がでる。
「それだと第1世代、第2世代の知識と比較した場合、中学生程度の知識に留まることになると予測される」
現状、第3世代人類の一般記憶は、第2世代以前の人類における、あらゆるジャンルの高等教育で学ぶ知識が記憶されている。ちょうど一流大学の各学部を卒業したくらいのイメージだ。加えて、隕石衝突後の現在の地球環境についての知識、これまで過ごしてきた50年のノウハウが共有されている。だからこそ即戦力として、さまざまな部署での仕事に対応できるわけである。それが中学生レベルとなると、勤務に就くまで訓練や教育が必要になってくるということだ。
以上のような問題から、容量を減らす案は不採用となった。
その後、一般記憶の中の専門知識をいくつかの分野に分け、分野別に一般記憶を持たせる方法、つまり万能タイプではなく特化タイプにすることで容量を減らす方法など、いくつかの現実的な案も提案され、各案の比較検討に多くの時間を費やされた。
この間に、発掘作業は進んだ。第2都市の発掘作業は約7割終了し、小型の質量電池が新たに2つ見つかった。この2つの質量電池は第3、第4都市へ向けての道路建設の前線基地に配備され、道路建設はさらに加速した。
第2都市では、これまでになかった大きな発見もあった。
都市郊外の高台には、電波塔のような建造物があった。それを掘り起こしたところ、この都市の3割程度をカバーする電波塔であり、整備すれば十分に使用できる事がわかったのである。そして発見はそれだけではなかった。この電波塔に残された資料から、他の電波塔の位置もわかったのである。
残された資料を元に、すぐさま他の電波塔の発掘が開始された。これらが正常に起動すれば第2都市全体をカバーする電波網を整備できるのは間違いなかった。
この朗報は「メモリー増加対策検討会」にも届いた。検討会のメンバーの一人が「いっその事、一般記憶用メモリーを体から外し、替わりに通信機を装備すれば良いのではないか」と提案した。つまり外部サーバーに一般記憶メモリーを置き、これを通信共有するというアイデアだ。
この案は理にかなったように思われるが、実際運用した際にどのような影響が出るかはわからない。そのため非常に慎重に検討された。会議の結果を受けて技術部で実験検証が重ねられることになったのである。
結果、一般記憶用のメモリーが体内にあろうと体外にあろうと本質的には同じだが、通信速度は光速のため、電波塔から少し離れると頭の回転が遅くなる事がわかった。つまり、多少のラグはあっても精神に支障をきたすような、それ以上の悪影響はみられないということであった。
このラグを解消するために「少数の一般記憶用メモリーを体内に残し、頻繁に使う一般記憶はそのメモリーにとどまるようにすれば良い」との結論に達し、一般記憶用のメモリーの大半は体内から除去し、替わりに通信機能を備える事に決まった。
この方式への切り替えには、電波網の再構築が必須である。それに向けた大規模なプロジェクトが組織される。
かくにも先ずは通信網を整備する必要がある。見つかった4つの電波塔の整備が急ピッチで行われ、当プロジェクトに合わせて改修工事も行われた。具体的には各電波塔に一般記憶用の高速メモリーを配備。体内に備える通信装置は、遺跡から大量に見つかったスマートフォンから製造する事ができた。
通信障害パニック
5000人の体から一般記憶用の大量のメモリーを取りだし、代わりに通信機に置き換える大手術が行われた。この手術の結果、脳の記憶部は個人記憶用の3つのシールドメモリー、頭の回転の速化低下を防ぐための3つの一般記憶補助メモリー、加えて通信用の送受信装置により構成された。大量の一般記憶用のメモリーが体から除去され、体重も軽量化されることになった。
また各自が経験した記憶は全てサーバーに蓄積され、その記憶を全員が共有して使用できるので、知識は大幅に増加する事になった。21世紀に急発展を遂げた、インターネットが直接脳につながっているようなものである。
人体から取り出された大量のメモリーや、新たに見つかったスマホ等から取り出されたメモリーにより、人口を増加させる上での最大の障害だったメモリー不足の問題は解決し、5000人分に相当するメモリーが揃った。こうして新たに5000人が誕生し、人口は1万人となった。
加えて第3都市、第4都市にも小型電波塔が建てられた。第2都市の中核電波塔からは、中継器を介して通信が可能となっている。5000人が新たに加わった事により第3、第4都市の発掘作業はさらに加速した。
全ては順調に進んでいるかに思えたが、これまでの歴史がそうだったように、またもや新たな試練が人類に課せられる。順調に進んでいるように思えるのは、たまたまである。人類は大きな自然現象に歯向かうことはできない。事が起こるのを待って、収まったならば地道に復興していくしかないのだ。
この地域は、過去にはほとんど地震が発生しない地域だった。ただ、さすがに小惑星衝突の影響は大きかったようで小規模の地震が頻発していた。小惑星衝突前後に起きた騒乱により破壊されたと考えていた第1都市の大きな損傷も、直下型地震に襲われたためのようである。
地震による電波塔の損傷も考え、念の為バックアップ用の小型通信機を設置していた。
ある日、第1都市の地下30kmを震源とする、大きな地震がこの地方を襲った。発掘を中断していた第1都市は完全に破壊し、第2都市も3割近くの建物が損傷した。中核電波塔も損傷し、通信が途絶えてしまった。
人々は地震によるパニックのあと、気が付くと自分の頭の中が空になり、なす術を失った。
地震の揺れを感知し、バックアップ用の小型通信機が自動的に作動し、その周辺60m以内にいる50名の一般記憶はよみがえった。その50名は地震による深刻な問題を正確に把握する事ができた。その中の1人に上田サブリーダーがいた。
上田氏が被害の状況、特に中核電波塔の状況を確認しようと電波塔に向かった。向かう途中で急に頭の中が空になり、その場に立ち尽くし、しばらくして回復した。上田氏は「中核電波塔との通信は途絶え、今はバックアップ用の通信機につながっている」と気が付き、あわてて戻り、小型通信機の周りに集まっている残った49名にその事を伝えた。
50名は、このバックアップ用通信機が余震により壊れる事を非常に恐れた。もしこの設備が壊れれば一般記憶を失うことになる。ここにいる50人が一般記憶を失えば、残された人々は赤子同然。何もできない1万人が残るだけで、事実上人類は滅亡するだろう。
「皆集まれ。この通信機がここにいる我々とつながっている。この通信機についての知識をできるだけ思い出せ。この通信機に考えを集中しろ。そうすれば万一余震でこの通信機が損傷しても、この設備の事についての情報は一般記憶補助メモリーに残る。通信機を修理できる可能性も上がる。みんな死ぬ気でやれ!」
咄嗟の判断だったが、上田は皆に向かって怒鳴り声で叫ぶ。あえて声を荒らげ、乱暴な口調で話したのもメモリーに残るように配慮しての行動だった。
その後、上田を中心に50名はこの危機を乗り切る方策を話し合った。復旧は組織だって行わなければならない。上田は50人を3班に分け、班長にはそれぞれの班の年長者を指名した。第1班は余震によりこの小型通信機が破壊されないように周囲の危険物の除去作業を行う任務、第2班は小型通信機そのものを補強し余震から守る任務、第3班は今後の対策を立てることとした。
第3世代人類の政府誕生
それからしばらくして、予測されていた大きな余震が発生した。
そして、バックアップ用の小型通信機が故障し通信が完全に途絶えてしまった。そのための準備(すなわち、通信が途絶えても復旧作業ができるように知識を残す作業)はできていたので、通信が途絶えたにも関わらず50人は冷静に行動することができた。バックアップ用の小型通信機を復旧させる事に成功し、50人は再び正常に活動できるようになった。
第3班の10人は、先ず、一般記憶を喪失してうろついている人を、できるだけ多く通信可能なこの領域に引き入れる事に考えを集中した。大きな音を立てれば近づいてくるのでは、との意見があり、試しに自動車のクラクションを鳴らしてみた。が、これは失敗だった。大きな音に驚いて、かえって人々はそこから遠のいてしまったのだ。
「自動車のクラクションの音だってことすら覚えてないんだな。こりゃ野良猫を手懐けるよりも難しいぞ」
この失敗から学んだ第3班は、個人記憶を活用して誘い込む作戦を採ることにした。
先ず、一般記憶を喪失して個人記憶だけになったらどのようになるか詳しく調べる事が必要である。通信を切り、一般記憶の喪失状態を観察するための実験台が必要であり、班長自ら実験台になった。
どのような情報が個人記憶として残るのか重点的に調べるために、被験者は徹底的に実験内容を頭に叩き込んだ。
通信用スイッチを切断し質問したところ、自分が実験台としての被験者である事を認識していた。色々と質問を変えながら実験を繰り返したところ、当然ながら個人的な興味については個人記憶として扱われている事がわかった。
個人的興味を利用し、うろついている人を通信可能なこちらの領域に引き込む戦略を採る事にした。10人は、人の個人的な興味について議論し、この班のメンバーそれぞれが持つ個人的な興味を出し合い羅列した。
この班の構成員は10人だったが、そのうちの4人に共通する興味として、第2都市から発掘された、近くに停めたあるオレンジ色のスポーツカーが挙げられた。そこでオレンジ色のスポーツカーを動かす事により、一般記憶を喪失した多くの人を、通信可能なこの領域に引き込む作戦を採る事にした。
2名がドライバーとして選出された。この2名は電波の届かない所でもミッションを遂行できるように、徹底的にこの作戦や関連する情報について話し合い、関連情報が2人の一般記憶補助メモリーに残るように準備した。これは上手くいき、1日足らずで合計500人ほどをこの通信可能な領域に引き込む事に成功した。
上田は、550人を再編し、中核電波塔の復旧作業を行う事にした。電波塔を復旧させるためには当然、電波塔まで行かなければならない。そのため小型通信機を中核電波塔のそばまで移動し電波塔を復旧させ、1万人全員の一般記憶を回復させた。
地震により大きな損傷を受けた人もいたが、シールドメモリーによって個人の記憶も守られていたため、何ら後遺症を残す事なく簡単な治療で完全に回復した。
この地震によって、また人類は大きな教訓をひとつ得た。復興はまだ道半ばであったが、結果的に被災者を一人も出すことなく回復させることができたのは、上田というリーダーがいたからであった。
第3世代人類の人口はいまだ1万人と少ないものの、今後人口を増加させ、人類の継続的繁栄に向けて動いていくことになる。そのためには正式な政府機関を設置し、日常的な行政事業から緊急時の危機管理にも備える必要もあった。
政府組織は従来のシステム人員を基本に、より強固なものになっていく。政府官僚にはより大きな権限が付与されると同時に、責任と義務、厳しい法に縛られることになる。政府の長には、これまでリーダーを努めてきた阿部が推薦によって就任した。
この政府、最初の課題は人類滅亡へつながる、今回のような通信障害による一般記憶喪失への対策であった。
小惑星の衝突により地球がゆがみ、あちこちにひずみが溜まり地震が頻発していた。脳の中枢部とシールドメモリーさえ損傷しなければ、人体がどんなに大きく破損しても死につながる事はなく、地震により直接生命を脅かされる問題はほとんどないが、現状の体の構成では、通信が途絶えれば人類滅亡の可能性がある。
このリスクを無くすために、例え通信網に大打撃を受けても生き抜けるように、生き抜くための最低限の一般知識を個人記憶用のシールドメモリーに書き込み、さらに100人に1人の割合で通信、インフラ等の専門知識を書き込んだ多量のメモリーを腹部に内蔵し、通信が途絶えても活動できる非常時活動隊員を誕生させる事にした。
このように第3世代の人類は、自らの体を強化、改造し、次々に周辺都市の発掘を行うと、第3暦100年には人口は100万人にまで到達することになった。