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コラム

vol.1『空調フェイスシールド™』開発始動

株式会社セフト研究所 社長 市ヶ谷 弘司

 2020年、新型コロナウイルスは突如として現れ拡散し、瞬く間に世界を大きな混乱に陥れた。これまで空調服™は数多くの災害と復興の現場で活用されてきたが、その技術の応用からコロナ対策のため「空調フェイスシールド™」は生み出された。これは、その発想の経緯から、開発における試行錯誤の詳細を追った記録である。

※空調フェイスシールド™は、フィルタを装備したファンユニットによってフェイスシールド内を清浄にして快適に過ごすことのできる密閉型陽圧(空気を吸込み膨らむこと)式フェイスシールドです。汚染された空気は浄化ファンによりろ過され、シールド内部の空気は排出孔より排出されます。シールド内部は常に陽圧であるため、首元などのわずかな隙間から外気が侵入することがなく内部はクリーンな状態を維持されます。

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空調フェイスシールド™開発前夜 -空調服™と災害-

 人類社会はその発展とともに災害と常に向き合ってきた。人類の歴史は災害との戦いの歴史でもあり、それはこれまでも、これからも続いていくだろう。人類はその戦いにおいて様々な試行錯誤を重ね、蓄えた知恵や新たに作り出した技術によってその困難を克服してきた。言うならば空調服™もそういった技術が生み出したひとつであり、災害や復興の最前線でも多く活用されてきた。
 2011年3月に発生した東日本大震災の際には、内閣官房から「夏の電力事情対策として空調服™が活用できないか」との問い合わせがあった。それは実現には至らなかったが、そのとき一つのアイデアが浮かんだ。
 福島における夏場の除染作業は、防護服を脱げないことによって熱中症と常に隣合わせであることは想像に難くない。その対策として、防護服の上に小さな長袖シャツを着てこれに散水すれば夏の暑さはしのげることに気がついた。生理クーラー®理論の応用である。常にシャツを濡らした状態をキープすれば、暑さはかなり低減できるはずだった。ただ、政府やメディア関係者といった複数の人脈を通じてそれを提案したが、残念ながら福島には届かなかった。
 2014年のエボラ出血熱の際には、外務省から問い合わせがあった。これも同様に防護服における暑さ対策についてだ。エボラ出血熱の医療従事者への感染は、耐え難い暑さのため頻繁に防護服を脱ぐ際に感染がおこっていた。外務省及び厚生労働省などと打ち合わせを重ね、当社が発案した対策用の製品を国が買い上げて、WHOに寄付する寸前までいった。ただ、これもWHOによる防護服の使用方法についての別の指針がでた事、また終息に向かったことにより実際に貢献するまでには至らなかった。
 そして現在、2019年暮れに新型コロナウイルスが発生、年明けより世界中に蔓延することとなった。ただ、今回の大問題に対しては当社の技術が貢献できる要素は無いように思えた。

空調服™の技術から生み出された新たな技術「空調フェイスシールド™」の萌芽

 4月7日、政府が7都府県に緊急事態宣言を発出した。私の趣味は山道のドライブで、それまで休日にはほとんど長距離ドライブを行っていたが、それ以降の休日は家にこもるしかなかった。4月18日の2度目の週末も妻と二人で家にこもっていた。テレビで医療従事者の顔にある痛々しいマスクの跡や、ごみ袋を被って医療に従事する映像が報じられていた。
 ごみ袋を被っている映像を見て、5年ほど前に透明な空調服™を試作したことを思い出した。試作段階で同じ様にごみ袋を使用していたからである。そのことを妻と話しているうちに、「そういえば……」といろいろと思い出すことになった。
 4年前、中国におけるPM2.5対策として、胸の位置にファンとフィルタを付けて、フィルタで清浄化した空気を鼻に向けて送出する案があった。妻と話しているうちに、このアイデアを組み合わせればなにかできるのではないかと構想が膨らんでいく。

――頭まですっぽりかぶる透明なシート製の空調服™を作れば、コロナ対策用の空調服™ができるのではないか。

 妻にそんなアイデアを話すと、「そのような技術があるのなら、絶対作ったほうがよい」と言ってくれた。その一言で本格的に検討することにした。翌日の日曜日は一日、思考実験に明け暮れた。そして夜半、私のノートには第一弾の設計が出来上がった。
 週が明け、早速そのアイデアを技術部の関係者と相談し、すぐにフィルタの試作を3Dプリンタを用いて始めた。当初は上半身を全て覆うことを考えていたが、フィルタの試作中に上半身全体に空気を送り込むためには大量な空気が必要であり、フィルタやファンの部分が大きくなり、試作に時間がかかることがわかった。
 ただ、感染の仕組みを考えてみると、取り組むべき問題は首から上にあることもわかった。それならば首から上だけを覆って、呼吸に必要な空気だけ送り込めばファンやフィルタが小さくできる。この方法ならば試作期間も大幅に短縮が見込め、第二派が想定される2020年の秋以降に間に合わせることができるだろう。
 そんな見込みから、夏に向かって忙しい時期であったが、技術部の総力を挙げて開発することが決まった。一部の社員は5月連休中も出社し、試作に向けて本格的に動き出した。
 テレビでごみ袋を被り、医療に従事する姿を見て、何気ない妻との会話から思いついたのが4月18日。それからおよそ一ヶ月後、第1次試作が完成し5月25日のプレスリリースにつながった。
 20年ほど前、私はそれまでなかった空調服™を試作した。当時それは今までになかった小さな技術であったが、その後枝を生やし、年々太く伸びつつある。その枝の根元に新たなコロナ対策の枝が生えた。しかし、この枝は空調服™の枝の成長とは異なり、急速に伸ばさなければならない。そして、これを書いている間にも枝を伸ばし続けている。

つづく

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